一粒の優しさ

ゴードンの機嫌が悪い。
レスキューが続いたことの体力的な疲れに要救助者から浴びせられた心ない言葉。
疲労から単純なミスを犯した自分への苛立ちに兄からの注意も加わり色々と限界だった。
そこに今日の買い出し当番だ。
昨日の夜、宇宙ステーションでのレスキューを終えて戻ったアランを連れてゴードンは近くのショッピングモールへ飛んだ。
本当なら買い出しよりもサンダーバード4号の整備をしたいし、犯したミスの復習もしたい。それか体力の回復に寝たい。
普段なら島の外に出る買い出しは大歓迎だが、今日ばかりはさっさと終わらせて一刻も早く帰りたかった。

「アラン、買い出しリスト見といて。今日は寄り道しないで帰るから」
後ろに座るアランにリストを手渡す。
ぶっきらぼうな物言いに少しだけ罪悪感を抱くが、今は気遣う余裕もなかった。
「FAB」
アランは気にする様子もなく普段通りの返事をする。青い空の向こうに陸地が近づいてくるのが見えた。

※※※※※

ゴードンの機嫌が悪い。
アランは帰還中のサンダーバード3号からその様子に気づいていた。宇宙ステーションのレスキューは早々に終えたが帰還に1日はかかる。その間、寝たりゲームをしたりしていたが、時折ラウンジに通信を繋げて兄達のレスキューを眺めていた。
特に海のレスキューが多かったようでサンダーバード4号の専属パイロットであるゴードンは常に出動している状態だった。
厄介な要救助者もいたようで口汚くゴードンを罵る場面もあり、アランは悔しそうに唇を噛んだ。
夜遅く家に着いた時もゴードンは格納庫でサンダーバード4号の整備を行っていて、それでもアランを見ると疲れた顔に「お疲れ」と笑みを浮かべた。
「まだ寝ないの?」
「もう少し。あ、明日買い出しに付き合って」
「いいよ」
「じゃ、おやすみ」
それ以上の会話を拒むように背を向けるゴードンにアランは「おやすみ」と返して格納庫を後にした。


ショッピングモールではリストにあった商品を手分けしてカートに入れていく。そんな中、チョコレートの専門店が期間限定で出店されているのを見つけるとアランは足を止めた。
それは一粒2,000円〜という高級チョコレート。アランは普段食べてる板チョコが何枚買えるだろうかとショーケースを見ながら考えた。中でも目を引いたのがラズベリーのチョコレート。丸い形に赤茶色がゴードンの瞳を思わせた。アランが財布に幾ら入っていたなと思いながら値札を見ていると、後ろから強めに腕を引っ張られた。
「アラン!寄り道してる暇はないって言っただろ!」
不機嫌そうなゴードンにアランは慌てて「ごめん」と謝ると手に持っていたオリーブ油をカートに入れた。ゴードンはアランが熱心に見ていたチョコレートのショーケースをチラッと見るが、それについては何も言わず「先にレジに行ってるからバター持ってきて」と無愛想に言った。
「わかった」
目を合わせようとしないのはゴードンに余裕がない証拠だ。ゴードンがレジに向かうのを見届けると、アランは急いで財布を取り出した。


帰宅後、買ってきた物を食料庫に入れると、ゴードンは格納庫にサンダーバード4号の整備に戻る。
その後ろをアランは少し時間を置いてから追った。
「ゴードン」
「何?」
振り向きもしないゴードンの背中にアランは先程買ったチョコレートを差し出した。一粒しか買えなかったが、それはゴードンの瞳によく似たおいしそうなチョコレートだ。
「疲れてる時には甘いものがいいんだって。これあげるから食べて」
振り返ったゴードンが見たのは先程アランがショーケースを見ていたお店のラッピングがされた小さな小箱。そして「一粒で物足りないかもしれないけど」と笑うアランの姿だった。
ゴードンも知ってる高級チョコレートはアランの手持ちでは二粒は買えなかったはずだ。その貴重な一粒を躊躇いなく渡そうとするアランにゴードンは息を詰まらせた。
八つ当たりのようにアランに接したことを詫びるようにゴードンはアランの小柄な体に抱き寄せた。
「ごめん…」
「大丈夫。そんな日もあるよ」
アランはゴードンの頭を優しく撫でる。
どっちが兄かわからないな、と思いつつもゴードンは心が少しだけ軽くなったような気がした。


「ゴードンの瞳の色っぽよね」
「今から切ろうとしてるのによく言ったね?切りにくいんだけど」
仲良く半分こしたチョコレートの甘さはアランの優しさと共にゴードンの身体中に染み渡った。
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