雨音

ある日の夜更け。
ジョンは不意に目を覚ますとベッドの上で寝返りを打った。部屋はまだ暗く、起き出すような時間ではない。
「EOS、今何時だ?」
言ってからここがサンダーバード5号ではなく、トレーシー・アイランドの自室であることを思い出し、ジョンは苦笑いを浮かべた。EOSがいる生活がどれだけ当たり前になっていたか。
部屋にはパラパラと雨が屋根を打つ音が響いている。
(そうか、雨か…)
ジョンはベッドの中で耳を澄ませた。
サンダーバード5号に常駐するようになってから縁遠くなったものの1つが、この雨だった。
この時期に雨とは珍しい。
一度気になると雨音がやけに耳につき、ジョンはベッドの上に起き上がった。右手で柔らかな髪を掻き上げるとベッドを降りる。着心地のいいパジャマとシーツが擦れる柔らかな音が薄暗い部屋でやけに大きく聞こえた。
ジョンはバルコニーに繋がる窓まで行くと躊躇いなく窓を開けた。より雨音が強くなる。いつもより海の匂いが薄まった空気を吸い込めば、家に降りてきたなと実感した。
パジャマだけでも寒くはなく、雨は真っ直ぐ降っているようで屋根に守られたバルコニーは濡れてはいなかった。
何となくバルコニーに出てみる。
深い意味はなく本当に何となくだ。
空は厚い雲に覆われ、大粒の雨が絶え間なく落ちてくる。下に目をやればプールサイドに取りつけられたライトが淡くプールを照らしていた。
「落ち着くな…」
ジョンはバルコニーの手摺に腕を乗せるとそこに頭を預けた。目を閉じれば雨に包まれているようだ。それは不思議と懐かしく幼い頃を思い出させた。


どれ位そうしていただろうか。
不意に雨以外の音が聞こえた気がしてジョンは体を起こした。バルコニーは他の兄弟の部屋とも繋がっている。そのバルコニーに目を凝らせば、少し離れたところに何かがいるのが見えた。一瞬身構えるが、それがバルコニーに座った兄弟だと気づくのに時間はかからなかった。シルエットと部屋位置からして恐らくゴードン。まさか寝ぼけたアランがバルコニーまで寝返りを打って出てくることはないだろう。
ゴードンもまたボンヤリと空を見上げていた。

「何をしてるんだ?」
ジョンが近づいて声をかければ、ゴードンは視線を空からジョンに移した。いつもの好奇心旺盛な赤茶色の瞳は眠たいのかトロンとしていて、下ろした前髪と合わさり、やけに幼く見えた。
「雨だなーって思って」
「お前は雨だと出てくるのか?」
まるでカエルだなと小さく笑えばゴードンも「お互い様だよね」も白い歯を見せた。
上質なパジャマのジョンに対し、ゴードンは半袖シャツに短パンだ。今にも海に行けそうな格好はゴードンらしいなと見ていると、ゴードンは自分の隣を手で叩いた。
それはまるでジョンに座れば?と促しているようで。
ジョンが素直に座ればゴードンが嬉しそうに笑った。
「今何時だ?」
「丑三つ時」
「それは何時だ?」
「わかんない」
おおよそ日本の時代劇に出てきた言葉の受け売りだろう。
「草木も眠る丑三つ時って言うから…」
ゴードンはそう言いながら大きくアクビをした。
「眠いなら部屋に戻ったらどうだ」
「んー…」
幼子のように目を擦りながらもゴードンは動こうとしない。そして「雨って落ち着くよね」と独り言のように言った。
「海中にはない音だから…家に帰って来たなって…」
そこで再びアクビをすると、隣に座るジョンの肩に頭をもたらせた。
(あぁ、そうか…)
ゴードンは10日間海に潜っていて今日帰って来たのだ。
宇宙と海中。
(似てるな)とジョンは隣で今にも寝落ちそうなゴードンに頭を預けた。
ゴードンの髪からはシャンプーの匂いが仄かに漂う。長期間海に潜っているとバージルに臭いと言われるので、帰還後はムキになって風呂に入るのが恒例となっていた。
「頑張りました!って臭いだよ」
ゴードンの不貞腐れた声が聞こえるようだ。

気づけばゴードンからは小さな寝息が聞こえてきて、つられるようにジョンも眠たげにアクビをした。
部屋に戻るのも面倒だ。
ジョンは隣のゴードンの体温を感じながら静かに目を閉じた。

しとしと降る雨が2人を優しく包んでいた。

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