うさみみ騒動

ジョンにウサギの耳が生えた。
髪色と同じ色のペタリと垂れたウサギの耳。朝起きるなり異変に気づいたジョンは早朝にも関わらずブレインズを叩き起こすと研究室へ駆け込んだ。
アレコレ調べてみたところ、どうやら原因は昨夜飲んだ薬の副作用らしい。一体何をどうしたら副作用でウサギの耳が生えるのかとジョンは詰め寄ったが、ブレインズは「科学には説明がつかない事もあるんだよ」と涼しい顔だ。薬の成分が抜ければウサギの耳も消えるだろうと言う言葉を信じてジョンは今日1日誰にも会わずに部屋に籠ろうと心に決める。
そもそもレスキュー中に怪我をして家に降りて来ているのだ。部屋に籠っていたとしても問題ないだろう。
だが最低限の食料を持って部屋に戻ろうとした時、運悪く起きてきた兄弟達とラウンジで起きてきた鉢合わせてしまった。


「うさみみだ〜」
嫌々ソファーに座るジョンの隣に座ったアランは興味津々でジョンのウサギの耳を触る。痛くはないが、むず痒い感覚にジョンはアランの手を払った。
「聴覚はあるのか?」
スコットがソファーの後ろからジョンの頭とウサギの耳を撫でる。寝起きの整えていない髪は柔らかく、ウサギの耳ともよく合っていた。
「いや、耳の機能はない」
「じゃあ完全にお飾りか。不思議なこともあるな」
アランよりも強くスコットの手を払い落とすが、スコットは気にする様子もなくジョンの頭とウサギの耳を再度撫でた。
「他に違和感はないか?」
「ウサギの耳が生えてる以上の違和感なんてあると思うか?」
「口も達者で安心したよ」
ジョンの恨みがましい視線を受けながらスコットは笑って見せる。どうせ今日か明日には消えてしまうウサギの耳だ。それにジョンは数日家で安静にしている予定だったので、スコットは突然のファンタジーもどこか楽しんでいるように見えた。

「ウサギって性欲強いんだよね?そこはどうなの?」
完全に悪のりスイッチが入ったゴードンがジョンのズボンに手をかけようとするのをジョンは手加減なしで蹴ろうとする。しかしゴードンはそれを軽く避けるとニヤニヤと間合いを詰めてくる。ジョンとゴードンの攻防を横目にアランは再びジョンのウサギの耳を「うさみみ気持ちいい!」と無心でモフモフしていた。
「ゴードン、やめろ。アランの教育に悪い」
スコットが言えばゴードンはようやくジョンにちょっかいを出すのを止める。その時にはジョンの機嫌はこれ以上ない程に不機嫌になっていた。
「数日で戻るなら5号に帰る」
ジョンはソファーから立ち上がるが、それをスコットが止めた。
「その耳じゃヘルメットを被れないだろ。それにその姿で救助応答するのか?」
「いいね!iRのマスコットだ」
無邪気なアランを視線だけで黙らせるとジョンは無言で部屋に戻ろうとした。
「朝ごはん食べてきなよ。食べないと怪我の治りも遅くなるよ」
普段ふざけてばかりの癖に、ゴードンは的確に正論を言うところがある。ジョンはそれが面白くなくてゴードンの脛を思い切り蹴飛ばした。

「ジョンの代わりに誰かがサンダーバード5号を担当しないとな。聞いてるか?ゴードン」
「また僕に5号に行けって?EOSが入れてくれるかなぁ」
ジョンに蹴られた脛を押さえながらゴードンは涙目で聞き返す。流石に弁慶の泣き所と呼ばれる急所への攻撃は堪えたのだろう。
「アラン、朝食が終わったらゴードンを5号まで送ってくれ。それと…」
スコットはそこで言葉を切ると、ラウンジの入口に視線を向けた。
「あそこで置物みたく固まってるバージルを何とかしてくれ」

※※※※※

「ウサギは寂しいと死んでしまうから…」
動揺でベーグルを千切ってはお皿に戻すを繰り返しながらバージルが呟く。お皿の周りも床もパン屑だらけで、掃除当番のゴードンが嫌そうな顔をした。
「それ嘘らしいよ」
「野生のウサギは単独行動らしいな」
ゴードンが言えばスコットも頷く。
しかしバージルの耳には届いていないのか、ジョンのウサギの耳を凝視しては視線を反らし、ベーグルを千切るを繰り返していた。
「バージル、鳥の餌でも作ってるのかな?」
お皿の上に小さく千切られたパンの山を見てアランが心配そうに呟く。当事者のジョンも隣の席で自分以上に動揺しているバージルに戸惑っていた。こんな状態ではレスキューに出れないだろう。只でさえ自分は療養中でゴードンはサンダーバード5号担当で現場の人数が減るというのに。ジョンの前に座るスコットが(バージルをどうにかしろ)と視線を送ってくるのでジョンは困ったように頬杖を吐いた。
「バージル」
「ウサギは寂しいと死んでしまうって…」
「それはさっき聞いた」
「ウサギは寂しいと…」
「バージル!」
壊れたオモチャのように繰り返すバージルをジョンは強く呼んで意識を戻させる。そして「耳に触ってみるか?」とバージルにウサギの耳を差し出した。
一か八かの荒療治。
どんな反応をするか他の兄弟が見守っていたが、バージルは落ち着くどころか再び置物のように固まってしまった。
「あーぁ、ジョンが止めを刺した」
ゴードンの声がキッチンに響く。
ジョンは助けを求めるようにスコットを見たがスコットはスッと目を反らした。
「ゴードンとアランはそろそろ5号に向かえ。僕は1号のメンテナンスに行かないと」
そう言いながら立ち上がればアランとゴードンも逃げるように立ち上がった。
「バージルは任せた」
爽やかな笑顔でスコットはジョンの肩を叩く。
キッチンにバージルと残されたジョンはウサギの耳を揉みながら「とんだ厄日だな」と心底嫌そうに呟いた。

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