手作りアドベントカレンダー

手作りアドベントカレンダー【12/1】

いつの頃からか12月になるとトレーシー家にはアドベントカレンダーが用意されるようになった。
小さな小箱を開けてお菓子を取り出す。
一口サイズのチョコレートやキャンディーに幼子達は声を上げて喜んだ。ただ兄弟が多い故の問題も度々起こる。何も知らない幼いアランが一晩で全部の小箱を開けたり、誰がどの順番で開けるか揉めたり。
本来幸せな気持ちでクリスマスをカウントダウンするはずのアドベントカレンダーも
5人兄弟の中では争いの火種になるのだ。
見かねた父親が各自に買って来たこともあったが、それはそれで味気ない。
トレーシー家のアドベントカレンダーは
大騒ぎしながら小箱を開けていくのが似合っていた。

今年は昨年のアドベントカレンダーを再利用しての物だった。買い忘れた訳ではなく、趣向を変えてみたのだ。
つまり箱はそのままに中身だけ各自内緒で用意する。それをMAXがランダムに小箱に積めて完成だ。市販の物と異なり何を入れてもOK、但しケーキ等はNGとくれば祖母の手作りアップルパイも避けられ、わくわく感だけが増幅された。

アランが物心ついた頃から12/1の最初の小箱はアランが開けることになっていた。
誰かに言われた訳ではなく、兄達が自然に譲って出来たルールだった。
そして今年も。
「開けていい?」
アランがキラキラした目で家族を見回す。
子供の頃から変わらない光景にスコットは「どうぞ」と言い、ゴードンは「早く開けろよ」と笑い、バージルとジョンも興味津々でアランの手元を眺めていた。
何が入っているかわからないドキドキは
昨年の比ではない。基本的に小箱を開けた人に中身の所有権があるので、中身にバラツキが出るであろう今年のアドベントカレンダーは各自の運試し的な意味合いもあった。
「いくよ!」
アランは指を小箱の上部のちょっとだけ窪んだところに引っかける。ゆっくり小箱を引き出していくと、透明な袋が見える。よくお菓子の個包装に使われる透明な袋にアランは「お菓子だ!」と声を出した。
黒い色はココアクッキーだろうか。
それともチョコレートだろうか。
アランが袋を取り出せば、それは見慣れたおばあちゃんのクッキーだった。
ご丁寧に真空パックされて乾燥剤まで入っている。
アランが助けを求めるように振り返るが、兄達は一斉に目を逸らした。

「初日から縁起がいいな…」
「そうそう!愛情たっぷり!」
「ちゃんと腐りにくいようによく焼かれているから…」
「5号に戻らないと」
一気に解散しそうな勢いに、アランは一番逃げそうなジョンのシャツを掴んだ。
「みんなで食べようよ!ほら!一口サイズでたくさん入ってるから!」
アランは必死に誘うがジョンは頑なに目を合わせようとしない。そんなやり取りに終止符を打ったのは、やはり頼れる長男だった。
「僕も食べるよ」
スコットが手を出せば、アランはどさくさ紛れて全部クッキーを渡そうとするが、そこまでは長男も優しくない。
アランもクッキーを食べては顔を歪めると、バージルも「仕方ないな」とクッキーに手を伸ばした。「みんな甘いんだから」とゴードンも、溜め息を吐いたジョンも。

クッキーは空になり小箱はひっくり返されてカレンダーに戻される。すべてひっくり返されると1枚の絵になる仕組みだ。
「おばあちゃんのクッキーが参戦してくるなんてね。ハイリスクなアドベントカレンダーだ」
ゴードンは茶化すが、兄弟達はどこがおばあちゃんの小箱か探るように眺める。
小箱の裏面に描かれていたスノーマンが
笑っているように見えた。



手作りアドベントカレンダー【12/8】

毎朝ラウンジに置かれたアドベントカレンダーを開けるのが兄弟達の楽しみだった。
今朝はゴードンの番。
「何が出るかな?」とご機嫌にアドベントカレンダーの小箱を引き出せば、小箱はやけに軽くてゴードンは少しだけ違和感を覚えた。そして中から出てきたのはお金。
高額紙幣が数枚クリップで纏められて小箱に入っていた。
「お小遣いだ!」
ゴードンは紙幣を広げながら声を上げる。
この紙幣で新品のアドベントカレンダーが幾つ買えるだろうか。
思わぬ中身にゴードンは楽しそうに何を買おうか考えるが、その隣でバージルがスコットの脇腹を肘で押した。
「スコット!」
「僕とは限らないだろ」
「あれを用意出来るのはスコットくらいだろ!」
バージルが睨めばスコットは観念したように両手を広げた。
「悪い。中身の準備が間に合わなかった」
多忙な長男にそう言われれば、それ以上強く言うことも出来ない。ただ「一言言ってくれれば僕のを回したのに」とバージルが言えば、スコットは「次からそうするよ」と応えた。

「もしかして他の小箱にも紙幣が入っているのか?」
「いや、他の小箱は別な物だ」
本当に1つだけ中身が用意出来なかったのだろう。苦肉の策を無邪気に喜ぶゴードンをスコットは複雑な表情で、バージルは苦い顔で眺めた。
「バージル、2号出して。買い物行こう!」
紙幣をジーンズのポケットに捩じ込んだ
ゴードンが今にも出発しそうな勢いでバージルを誘う。
幸い急ぎや不安視されるレスキュー案件はないが、こんな朝から出かけなくてもいいだろう。バージルが「朝ごはんを食べてからでいいだろ」と嗜めれば、「そうだね」と案外素直にキッチンに降りていった。
「何を買うんだ?」
スコットが尋ねれば、ゴードンはいつもの楽しげな笑みを浮かべると「秘密」と唇に人差し指を当てた。
「一気に使うなよ」
「バージルってば小うるさいんだから」
ゴードンは両方の人差し指を角に見立てて頭の横に添える。鬼か悪魔とでも言いたいのだろうか。
バージルが「2号を出すのは中止だな」と
冷たく言えば、「冗談だよ。バージったら真面目なんだから」と早足で逃げる。
「バージ?」
スコットとバージルは顔を見合わせた。

「え?アドベントカレンダーの中身に
お金?変なの。夢も希望もないね。あ、
でも一周回って夢と希望なのかな?ゲーム買えるもんね」
寝坊して1人で朝ごはんを食べるアランは
ホログラムのジョンから話を聞いて目を丸くしていた。隣に座ってコーヒーを飲むスコットは苦笑いだ。
ゴードンとバージルは既に外出している。
「お土産あるかな?」
アランが期待するように窓の外を眺めた。

「ただいまー!」
昼前に帰ってきたゴードンの手には白くて大きな箱が大切そうに抱えられていた。
「ケーキ?それケーキ?」
アランが子犬のように駆け寄ればゴードンは「うん、お土産」と箱を手渡した。
箱を開ければ色とりどりなショートケーキがところ狭しと並んでいる。
上から覗いたスコットも「おいしそうだ」と言えばゴードンは「でしょ?僕のお小遣いで買ったんだから大事に食べてよ」と
白い歯を見せた。
「小遣い?今朝のはどうした?」
「教会に寄付してきた」
ゴードンは何てことないように答える。
バージルによればお気に入りのケーキ屋がある街の教会に全額置いてきたのだと。
「Xmasってそういう事だよね?」
ゴードンは屈託なく言うとアランとケーキの争奪戦を始めた。



手作りアドベントカレンダー【12/23】

「ねぇ、今日ジョンの番だよ」
ホログラムのアランが催促をする。
何が?と聞かずとも、それがアドベントカレンダーを指していることはわかる。
ジョンはモニターに向いたままアランに「代わりに開けといてくれ」と言った。
たかが8分、されど8分。
アドベントカレンダーの為だけに家に降りるのも面倒でジョンが言えば、アランは「それはダメだよ」と言った。
「ジョン、降りてこれるじゃん。自分で開けないと」
「誰が開けても一緒だ」
ジョンはそう言うが、それとこれとは話が別だとアランは食い下がる。
「僕が5号に届けてあげようか?」
「断る」
「ジョンの頑固!僕が開けちゃうよ!」
「だから開けていいと言ってるだろ」
呆れたようなジョンの視線にアランは益々不機嫌になる。その様子に根負けしたようにジョンは「わかった」と言った。
「今日中に何とかするよ。だからお前は
早く寝ろ」
半信半疑なアランを追い立てるように通信を終了させる。今日も残すところ2時間だ。
「面倒だな…」
ジョンは誰ともなしに呟くと、残った仕事を横目に髪を掻き上げた。

日付が変わる10分前。
ラウンジに姿を現したジョンを見るとスコットは驚いた顔を隠そうともせず「どうした?」と尋ねた。
何か不測の事態が起こったのか?
そんなスコットの視線に軽く手を振ると、
「アランがうるさいから降りてきた」と
父親のデスクに置かれたアドベントカレンダーに目を向けた。
「わざわざ?随分と律儀だな」
笑いを含んだ声にジョンは肩を竦める。
自分がスコットの立場でも同じことを言うだろうから。そのままアドベントカレンダーの小箱に細い指をかけるとゆっくりと引出していく。すると中から手のひらサイズのペンギンが出てきた。
ずっしりとした重量はお菓子ではなさそうだ。頭にサンタクロースの帽子を被っていて、半分開いた口が何ともひょうきんだ。
オーナメントでもなく、置物だろうかと思っているとペンギンの背中にネジが付いていることに気づいた。
「何が入ってた?」
スコットが楽しげに隣にくるとジョンは手の中のペンギンを見せた。
「誰のだろう」
「多分ゴードンだろうな」
海の生物で揃えたとゴードンが得意気に
言っていたのを思い出してスコットが言えばジョンは微妙な表情を浮かべた。
何故ならペンギンの背中にネジが付いているからだ。

「爆発しないよな」
「爆発してたまるか」
ジョンの想像力豊かな言葉にスコットは
困ったように頭を横に振った。どこの世界に家族のアドベントカレンダーに爆発物を入れる兄弟がいるというのか。
ジョンがキリキリとネジを巻く。
指を離せばペンギンから聞き慣れた
『We wish you a Merry Christmas』が流れ始めた。単調なオルゴール音だが優しく、懐かしい音がラウンジに響く。
「洒落てるな」
「あぁ、悪くない」
久しぶりに聞くオルゴールにスコットと
ジョンは曲が終わるまで聞き入っていた。

「今夜は泊まっていくだろ?」
オルゴールが止まるとスコットはジョンに尋ねる。気づけば日付も変わっていて、これから5号に戻るのなら明日の朝戻っても同じだろう。しかしジョンは「今夜は5号に帰る」と言った。
「そんなに兄弟揃っての朝食は嫌か?」
「違うよ。EOSに見せたいんだ」
EOSは初めて見て、初めて聞くオルゴールをどう思うだろう。ジョンは手のひらのペンギンを見ながらそんなことを考える。
その柔らかい表情にスコットは「FAB」と
苦笑しつつも微笑んだ。
「EOSによろしく言っといてくれ」
おやすみ、と頬にキスをすると2人はそれぞれの寝室へと歩いて行くのだった。

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