子供時代の過ごし方

※年齢操作あり・子供時代

本を読むのが好きだった。
大きな窓から暖かな陽射しが射し込むリビングでソファーに座って本を読むのがジョンのお気に入り。
本の中には自分の知らない世界が無限に広がっている。過去の偉人から最先端のテクノロジー、はたまた宇宙の始まりまで、それは尽きることの無い知識の泉のようだった。
本から得た知識は既存の知識とぶつかり新しい疑問を生む。そしてその答えも本の中にあるのだから、ジョンが本に飽きるはずがなかった。

『ジョンの知識は将来必ず私達を助けてくれる』
あまりに外に出ないジョンを心配した祖母が一度だけ父親のジェフに相談したことがあった。その時、ジェフは躊躇いなくそう言ったのだ。
『あの子は誰よりも知識欲が旺盛なんだ。何も問題ない』とも。
それをドアの陰で聞いていたジョンはとても誇らしい気持ちになった。偉大な父親が自分を認めてくれたように感じたからだ。そう思っているからこそ父親はジョンが質問すれば、忙しい時間を割いてでもジョンが納得するまで説明をしたのだろう。
それと同時に自分を気にかけてくれる祖母の愛情も感じる。
母親がいなくなっても、この家にはジョンを見守る人が沢山いた。

※※※※※

そして今日もまたジョンはお気に入りのクッションに凭れて本を読んでいた。
リビングに隣接している大きな庭からは賑やかな声が聞こえる。
今日は普段学校や勉強で留守がちなスコットが家にいるとあって、末っ子のアランもゴードンもおおはしゃぎだ。
先程から庭を駆け回る音と転んだ泣き声と笑い声がエンドレスで流れている。きっと部屋に入ってきた時には泥だらけだろう。保護者役として遊んでいたスコットまでも。

何度か一緒に遊ぼうと誘われたがジョンはその度にやんわりと断っていた。
弟達も兄も大好きだ。
けれど一緒になって芝生を駆け回り、秘密基地を造り、どこまでもボールを追って、水があれば必ず入ろうとする気にはなれなかった。
だから今日も一人で本を読む。


ジョンが本のページを捲ったその時、ジョンのお気に入り空間に一陣の風が吹いた。ジョンが顔を上げれば、そこにはバージルがスケッチブックを胸に抱えて立っていた。
「バージル?」
「僕もここにいていい?」
バージルはジョンの顔色を窺うように首を傾げた。ここがジョンのお気に入りの場所でジョンが一人の静寂を好むというのは周知の事実だったからだ。
「もちろん。ここはみんなのリビングだよ」
ジョンがそう言えば、バージルはホッとした顔でソファーに近づいて来た。そしてジョンの邪魔にならないように反対側のソファーに座ってスケッチブックを開いた。
母親の芸術性を最も引き継いだのはバージルだ。音楽も絵画も幼い頃から特出していて、ジョンはバージルのピアノも絵も好きだった。
そして何よりバージルが好きだった。
騒がしい兄弟が多い中で、バージルの優しくて柔らかな雰囲気はジョンを安心させ、一緒の空間にいても苦にならないからだ。
今日は絵具ではなく色鉛筆らしい。
ジョンが目の端でバージルの動きを追っていると、色鉛筆の箱を開けたバージルの動きが止まった。そしてそのまま箱を閉じて、スケッチブックの新しいページを開き、色鉛筆の代わりに下書き用の黒いペンを手にした。
「色を塗るんじゃないのか?」
本を読んでいるジョンが自分から話しかけることは滅多にない。驚いた顔でジョンを見返したが、直ぐに困ったように眉を下げた。それは母親が時折見せた表情ととても似ていて、ジョンは懐かしさと寂しさで複雑な気持ちになった。
「うん、ちょっと…足りなくて」
バージルが歯切れ悪く言えば、ジョンは余計気になり本を置いてバージルの側に行った。色鉛筆の箱を開ければ中にはグレーと白の色鉛筆のみ。これで色を塗るのは至難の技だろう。
「またゴードンか」
ジョンは庭を小犬のように走り回るゴードンを窓越しに見た。絵画に興味がないゴードンも魚の絵だけは好んで書く。それに色鉛筆を使うのだが、ゴードンは物をよく無くす。数日後には出てくるのだが、それまでの繋ぎとしてバージルの色鉛筆を借りたのだろう。無断で。
「困ったやつだな」
「大丈夫。自分のが見つかれば返してくるから」
「バージルは優しすぎる」
だからゴードンと喧嘩すると体格はバージルが勝るのに3回に2回は泣かされそうになるのだ。ジョンは無言で部屋を出ると自室に向かう。
バージルは不思議そうな顔でジョンを見送ったが、やがて白紙のページにヤシの木を描き始めた。


数分後。
ヤシの木に熱中していたバージルの元にジョンが戻ってきた。そして「ん」と無愛想にバージルに筆箱を渡した。
「これは?」
「色鉛筆。僕は使わないから貸してあげる」
バージルが促されるまま筆箱を開ければ、そこには色とりどりの色鉛筆が几帳面に並んでいた。どれも綺麗に削られていて、それもたった今削ってきたように見える。バージルはジョンの優しさに顔を綻ばせた。
「ジョン、ありがとう」
「…別に大したことじゃない」
ジョンは照れくささを隠すように素っ気なく言うと、自分の定位置に戻って本を開いた。
バージルはジョンの色鉛筆で前ページに描いていた花を色付け始める。
リビングにジョンが本を捲る音と、バージルの色鉛筆がスケッチブックを擦る音が重なった。
それはとても心地好い音だった。

※※※※※

そして現在。
ラウンジのソファーで端末を操作するジョンにバージルが紅茶を持って来た。
「ほら、ご所望の紅茶」
「ん、ありがとう」
ジョンは一瞬端末から視線をバージルに移すと微かに目を細めた。バージルが「どういたしまして」と言った時には視線は既に端末に戻っていて、その集中力にバージルは肩を竦めた。
昔、父親が言った通りジョンの知識はIRには必要不可欠なものとなり、幾度となく家族の危機を救った。そしてその知識欲は今なお衰えることがない。
バージルはジョンの隣に座ると自らも画集を開いた。お互い干渉しない距離がとても落ち着く。
プールサイドからは兄と弟達の賑やかな声が聞こえる。
(どっちも変わらないな…)
バージルが胸の内で笑えば、ジョンが応えるようにバージルに寄りかかって来た。
「僕はクッションじゃないぞ」
「うん、クッションにしては堅すぎる」
子供の頃より近付いた距離。
バージルはあの日の色鉛筆とリビングを何となく思い出した。

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