10年後の話

※年齢操作あり・10年後

「対象を確認。アプローチを開始する」
凛とした声が通信機越しにサンダーバード5号とラウンジに響いた。

今回のレスキューは周回軌道を外れたスペースホテルを元の軌道に戻し、異常がないかを確認することだった。
向かったのは天才パイロットとして名高いIRのアラン。宇宙でのレスキューでは彼の右に出る者はいないと言われている。
また、レスキューの腕前だけでなく、その整った容姿と落ち着いた声はレスキュー現場にも関わらず見惚れる者が続出する程だった。


地球から遠ざかるスペースホテルにサンダーバード3号がゆっくりと接近する。衝撃を与えればスペースホテルは弾き飛ばされるように加速し更に軌道から外れてしまう。チャンスは一度きりだった。
「アームを展開。30m…20m…10m…」
アームがスペースホテルのフレームを狙い違わず掴めば、アランは微かに口角を上げた。
「逆噴射開始」
サンダーバード3号が慎重に後退を始める。スペースホテルをあるべき位置まで戻すと逆噴射を止めてアームを外した。そして今度は速やかにスペースホテルへのドッキング作業に取りかかる。
単独レスキューをするようになってから何年経っただろう。今となっては隣にケーヨがいたことが懐かしくて仕方がなかった。
「ドッキングを開始する」
スペースホテルへのドッキングも難なくこなすとアランはベルトを外して立ち上がった。
「5号、ホテルのシステムを確認してくる」
「わかった。異常があったら直ぐに知らせろ」
「FAB」
アランはサンダーバード3号からホテル内へ入る。エアロックを何回か通り抜ければ、突如開けた空間に出た。豪華な装飾にキラキラと輝く照明、どうやらフロントのようだった。しかしそこにいる人達は一様に不安そうな顔をして突然現れたアランを訝しむように、すがるように見た。
「IRです。このホテルは周回軌道に戻りました。もう大丈夫」
落ち着いた声で呼びかけてから、柔らかく微笑む。その凛々しい佇まいから放たれた頼もしい言葉。そして魅了するような笑顔に宿泊客は一斉に安堵の息を吐いた。
「システムの確認をしたいのでコントロールルームを見せてください」
アランが近くにいたクルーに声をかけると、よちよち歩きの子供がアランの足下にやって来た。それに気がついたアランは子供を抱き上げた。
「もう大丈夫だよ。頑張ったね」
アランがニコリと笑いかければ子供もニコニコと笑い返す。まるで緊急事態など起こらなかったかのような平和な光景に、宿泊客もクルーも落ち着きを取り戻していった。
慌てて駆け寄って来た子供の両親に子供を手渡すと、アランは名残惜しそうにコントロールルームへと向かった。

結果、システムのエラーは見つからず、軌道を外れたのは初歩的なミスだとわかった。これでスペースホテルは安心して宿泊を続けられる。
「それでは皆さんよい旅を」
アランが手を上げてロビーを出れば、割れんばかりの歓声と拍手がいつまでも鳴り響いた。


「任務完了」
「良くやった」
GDFへの報告も終えて後は帰還するだけだ。するとアランは今までの落ち着きはどこへやら、子犬のように目を輝かせた。
「ねぇねぇ!さっきの一発キャッチすごくない?あの細いフレームを一発キャッチだよ!」
「一発キャッチじゃなきゃ困るんだよ。失敗前提でやるな」
「違うよ!失敗するつもりなんて微塵もないけど、やっぱりちょっと褒めて欲しいなぁって」
「さっき『良くやった』って言っただろ」
ジョンが面倒くさそうに言えば、アランは足りないと言わんばかりに口を尖らせた。
「5号に寄ってっていい?」
「何でだよ。いいから早く帰れ」
「いいじゃん!ね?ちょっとだけだから」
アランはそう言いながら船首を5号へと向ける。来たところでジョンがハッチを開けなければ入れないのだが。
「だから…」
ジョンが僅かに眉間に皺を寄せたところでラウンジから通信が入り、ジョンはアランを待たせたままラウンジに回線を繋いだ。浮かび上がったのはゴードン。
「ジョン、悪いんだけどアランの相手してやってよ。2分でいいから」
「絶対2分じゃ帰らないだろ。下手したら2日居るぞ」
「だってそのまま家に帰ってくるとレスキュー話だけじゃなくて『ジョンが構ってくれない』ってグズグズうるさいんだ」
「それこそ、そっちで対処してくれ」
「やだよ。10年前ならいざ知らず、あの身長で犬みたいに後を付いてくるんだよ?かさ張るし鬱陶しい」
ゴードンは肩を竦めた。
この10年でアランのレスキューの技術も知識も飛躍的に伸びた。しかし家族に対しては14歳の「僕もレスキューに行きたい」と駄々を捏ねていた頃と然程変わっていなかった。
「スコットに丸投げすればいいだろ」
「スコットはパパの会社。バージルは2号のメンテナンスでブレインズと白熱してる。ケーヨはGDFで打合せ」
「じゃあお前が相手しろ」
「……実は昨日レスキュー中に受けた傷が痛むんだよね。だからちょっと…」
「…………わかった」
ジョンはゴードンにそう言うと「まだー?まだー?何の話してるのー?」と騒ぐアランに通信を戻した。
「わかった。来ても良いけど長居はするなよ」
「うん!トップスピードで行くから!」
アランとゴードンのガッツポーズが重なった。

※※※※※

「それでね、この前のレスキューは海底急行で…」
「知ってるよ。レスキューは僕がオペレーションしてるんだから」
「確かに!それでその海底急行っていうのが…」
アランが5号に来てから2時間。
ジョンの背中にくっついたままアランは延々と喋り続けていた。最初は「良くやった」「頑張った」と適当に褒めて頭を撫でてやれば満足して帰ると思っていたのだが、満足してからの話がとにかく長かった。声も低くなりレスキュー中は落ち着いた雰囲気を出すのに何故か家族の前では出さない。落ち着きをレスキュー現場に忘れて来たかと思う程だ。
「ねぇ、ジョン。聞いてる?」
アランが無重力をいいことに頭の上から逆さまに顔を覗き込んで来る。
幾つになっても可愛い末っ子に変わりはないが、自分の身長と同じ位の長身がまとわりついて来るのは多少閉口するものがあった。「鬱陶しい」と表現したゴードンもあながち間違いでは無かった。

「ジョンも久しぶりに家に降りようよ。3号で一緒に」
「遠慮しておくよ」
「何で?気になる案件なさそうじゃん」
アランの細い指が地球のモニターを回した。
「ねー、EOS。ジョン借りてっていい?」
「貸し借りの判断はワタシにはわからない。だけどジョンはそろそろ地球に降りる時期」
「おい、EOS!」
「さすがEOS!話がわかってる!」
アランはEOSにとびきりの笑顔を見せるとジョンにヘルメットを渡した。
「みんなもジョンに会いたいって言ってるよ」
郷愁を煽るように家のカメラに回線を繋ぐ。そこに悠々とプールで泳ぐゴードンを見つけるとジョンの整った顔に冷笑が浮かんだ。
「アラン、昨日のゴードンの怪我は?」
「怪我?あー、何か脇腹打って痛いって言ってたよ。痣にもなってなかったけど」
「わかった。用事が出来たから家に降りるよ。EOS、こっちは任せた」
ジョンはヘルメットを被ると、打って変わったようにアランを3号に促した。アランは一度振り返るとEOSに向けて大きく手を振る。
応えるようにEOSの緑色のライトが点滅した。

※※※※※

「アラン、良くやったな。ジョンもおかえり」
父親の会社の仕事から戻ったスコットは上質なコートを脱ぎながらラウンジに入って来た。そして労うようにアランの頬にキスをすればアランは嬉しそうに笑った。その後ろからはブレインズとのメンテナンスを終えたバージル。アランはバージルにもキスをねだりに行った。
「中身は本当に変わらないな。身体と対外的な部分だけだ」
ゴードンにヘッドロックをかけながらジョンが言えば、「中身はそうそう変わらないさ。アランも僕もお前達も」とスコットは微笑んだ。
「アラン、夕飯作るの手伝ってくれないか?」
「いいよ!今日はなに?ステーキ?ハンバーグ?」
「ハンバーグは昨日食べただろ」
バージルの隣をアランは軽い足取りで歩く。
「大きな子犬だね」
「矛盾してないか?」
ゴードンの言葉にジョンは首を傾げる。
だが歩くアランの後ろ姿には、はち切れんばかりの尻尾が見えるような気がした。
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