千里眼

「えー?またスコット先に食べちゃったの?!待っててくれればいいのに」
朝一番、キッチンにやってきたアランは不機嫌そうな声をあげた。スコットは今まさに使ったであろう皿とコップを食器洗浄機に入れたところで、スコットはアランを振り返ると「お前があと少し早く起きればな」とからかうように笑った。
「昨日の夜もその前も一緒に食べてないじゃん!」
「そうだったか?パパの会社の方が忙しくて気付かなかったよ」
父親の会社のことはアランにはわからない。アランは不満そうに頬を膨らませるが、それ以上無理を言うとは出来なかった。
「もう少ししたら落ち着くから」
スコットも僅かに気が咎めたのか、アランに優しく言うとグレープフルーツジュースを片手に部屋へと戻って行った。
「…コーヒーじゃないんだ?」
その背中にアランが不思議そうに呟いた。


部屋に戻ったスコットは椅子に座ると気だるそうに頭を押さえた。今回もどうにか誤魔化せたがいずれ食事を取っていないことは気付かれるだろう。食洗機の中の食器は未使用だ。ベーグルも数を増やして焼いてスコットが食べた数をわからなくしてある。食事だって何だかんだ理由をつけて一緒にすることを避けていた。
アランの様子からしても不満は生まれているが疑惑にはまだ遠そうだ。スコットは事実が明るみに出たら、それはそれで面倒なことになりそうだと溜め息を吐いた。
「まいったな…。今までこんなこと無かったのに」
スコットは食欲不振は夏バテからくるもの。常夏のトレーシー島で夏バテというのも変な話だが、過酷な状況がスコットの体を追い込んでいったのだろう。
スコットは引き出しから栄養ゼリーとサプリメントを取り出すと「便利な世の中で良かったよ」と自嘲気味に言った。高カロリーな栄養ゼリーとサプリメントで必要最低限の栄養補給は出来ている。しかしそれにより胃が固形物を更に受け付けなくなっているのことにスコットは気が付かない振りをしていた。
「さて、仕事だ」
スコットは父親の会社の資料に目を通すが、レスキューが入らなければまた昼食時にアランが騒ぐだろうなとそちらの方に気が取られるのだった。

それからどれくらい経っただろうか。
不意にノックの音が響き、スコットは資料から顔を上げた。
「スコット、今いいかい?」
「おばあちゃん?入ってくればいいのに」
部屋の外からかけられた声にスコットは椅子から立ち上がると不思議そうにドアに手を伸ばした。いつもならノックしながらドアを開けてるのにと思いながら。
ドアを開けるとそこには祖母がトレイを持って立っていた。トレイの上にはスープが温かな湯気を立てていた。
「これは…?」
一瞬おばあちゃんの手料理かと頬をひきつらせたスコットだったが、スープから美味しそうな香りがするとホッとしたように警戒を弛めた。
「作り過ぎちゃったからお裾分けだよ」
祖母はそれだけ言うとスコットにトレイを手渡して廊下を戻って行った。
「スープか」
コンソメがベースとなった癖の無いスープだ。野菜も細かく刻まれていて、これなら食べれるかなとスコットはありがたくスプーンを手に取った。細かく刻んだ上に柔らかく煮てあるとはいえ久しぶりの固形物に胃は驚いたようだったが、拒絶はしなかったようで胃にじんわりと温かさが広がった。
しかし本来祖母が好きなのは肉や魚介がたっぷりと入った味の濃いスープで、目の前の薄味で優しい味のスープとは程遠いものだった。

その日の昼はレスキューもアランからの突撃もなく、部屋にいると再び祖母がスープを持ってきてくれたので栄養ゼリーとそれで済ますことが出来た。スープとは言え、腹に固形物が入ると体も力が出るようだ。
仕事も休み休みだが進めることが出来て、気付けば部屋に籠ったまま夕飯の時間を迎えていた。スコットがどうしたものかとキッチンに通信を入れると祖母とアランの声が聞こえて来た。2人はスコットに背中を向けているので気付いていない。
「まだスコットは終わらないの?」
「大きなトラブルがあったみたいだよ。お前達に心配かけまいとしているんだからお前も我慢しな」
「僕じゃ手伝えない?」
「大人しく見守っているのが最高の手伝いだよ」
スコットは驚いて通信を切った。
会社で大きなトラブルなど起きてない。祖母がアランを止めてくれているのかと思った時にスープの器が目に入った。そして全てが繋がった。
「スコット、今いいかい?」
「おばあちゃん!」
ドアを開ければそこにはリゾットを手にした祖母が優しい顔で立っていた。
「スープは大丈夫そうだね。食べれそうなら食べておきな」
スコットはリゾットを受け取ると言いにくそうに口を開いた。
「おばあちゃん、大きなトラブルなんて…」
「あるじゃないか。お前がご飯を食べれないなんて大きなトラブルだよ」
なんてことないように言う祖母にスコットは思わず言葉を詰まらせた。
「私はお前達の祖母なんだからね。ちゃんと見てるさ」
そう言い残すと祖母は飄々とした足取りでラウンジへと帰って行く。
リゾットから温かい熱が伝わり、それが祖母の優しさと相まってスコットの口元に笑みが浮かんだ。
「おばあちゃんには敵わないよ」
そう言うとスコットは部屋へと戻る。
廊下の陰からはアランが心配そうにスコットの部屋を眺めていた。
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リゼ