夢の跡と夢の続き

うっすらと目を開ければ真っ白な天井と柔らかい光、そして無機質な医療機器が視界に入る。スコットは自分が今どこにいるのかわからずに目だけで周囲を窺ったが、そこがトレーシー島の医務室だと気付くと記憶を辿るように瞬きをした。
「おはよう、スコット」
そこに降ってきたのはジョンの声。声に安堵の色が混ざるのに気付いたスコットは全てを思い出して苦笑いを浮かべた。
「どのくらい寝てた?」
「丸二日。命に別状はないとわかっていても心配だったよ」
このまま目を覚まさないんじゃないかと、兄弟は時間が少しでも出来るとスコットがいる医務室に入り浸った。そしてジョンがいるタイミングでスコットが目を覚ましたのだ。
「痛みはあるか?」
「いいや。ただ体が動かないんだ」
「固定してあるからな。まだ大人しくしててくれ」
ジョンは今にも体を起こしそうなスコットに釘を刺すと、目を伏せて「無事で良かった…」と呟いた。

化学工場の大規模爆発。
それにサンダーバード1号がまともに巻き込まれたのだ。
ギリギリまでの人命救助により大惨事は防がれたがスコットがサンダーバード1号に戻ると同時に1号の真下、それも至近距離で爆発が起こった。それもその国が誇る大規模な化学工場だ。エネルギー量は桁外れであり、普通のジエット機であれば爆発と同時に粉々になっていただろう。勿論パイロットも即死を免れない。
間一髪機内に戻り難を逃れたスコットだったがサンダーバード1号も無傷という訳にはいかず、エンジンとブースター、そしてバランスを担う翼が破損すれば残された道は墜落しかなかった。
「立て直す!」
スコットは全力で操縦桿を握った。今ここでサンダーバード1号から緊急脱出したとしても外は熱風が吹き荒れている。レスキュースーツを着ていたとしても生身の体で耐えきれるものではなかった。
今求められることはなるだけ化学工場から距離を取り、衝撃の少ない不時着場所を探すだけだ。幸い高度はそれほど高くなく、周囲は砂漠で民家はない。
スコットが周囲を確認していると後方で何かが剥がれるような音と共に機内に風が吹き込んできた。
「外装がやられたか…」
共にIRとして歩んで来た愛機の破損にスコットの顔が苦痛に歪んだ。
「着陸する!」
これ以上は操縦不能だと判断したスコットはそう告げると衝撃に備える。
地面が近付いて来るのがやけにゆっくりと感じる。そして衝撃と共にスコットの意識は失われた。


「1号は?」
スコットが尋ねるとジョンはその懇願するような視線を避けるように顔を背けた。それが全てを物語っていてスコットは苦しそうに息を吐いた。
「修理で何とかなる状態じゃなかった…。ブレインズが言うにはあそこまで行けたのが考えられないって」
「そうか…。1号が守ってくれたんだな」
「僕もそう思うよ」
スコットが1号を大切にするのと同じように1号もまたスコットを最後の最後まで守ろうとしたのだろう。
「破片でもいい。1号に会いたい」
「…数日待ってくれ。今は体を治すことに専念して欲しい」
ジョンが辛そうに言えばスコットはそれ以上無理を言うことが出来なかった。
「1号はIRの、パパの夢が詰まった最初の機体だったんだ…。それがこんな形で…」
スコットは言葉を区切ると堪えるように目を閉じた。ジョンはその額にそっと手を置いた。
「…今は考えるな。ゆっくり休め」
ジョンは自由が利く右手に呼出用の発信器を渡すと静かにそう言った。
「あぁ…」
「おやすみ、スコット」
ジョンは医務室の灯りを落とすとスコットに背を向け医務室を後にする。
スコットの頭には1号との数々の思い出が溢れ出す。そして最後に力一杯握り締めた操縦桿の感触。
「夢の跡、か…」
スコットの声は震えていた。


数日後。
動けるようになったスコットは真っ先に格納庫へ向かった。原型を留めてないのは覚悟の上だ。それでもサンダーバード1号の欠片だけでも残ってないかと思ったのだ。
空の発射台を見るのは辛い。
それでも己を守ってくれた1号に一目でも会いたかった。
しかし格納庫には思いがけない光景が広がっていた。
「これは…サンダーバード1号…?」
「おや、スコット。もう動いて大丈夫なのかい?」
「ブレインズ!これはいったい…?」
「サンダーバード1号に決まってるじゃないか。前回よりも強度を上げておいたよ」
事も無げに言うブレインズに対してスコットは驚きの顔でピカピカのサンダーバード1号を見上げた。それは初めてサンダーバード1号と対面した時と同じ光景だった。
「作り直したのか?」
「当たり前だよ。サンダーバード1号が無いと不便だろう?それにデータはあるから組立てだけなら話は早い。ただ…」
ブレインズはそこで言葉を止めるとピカピカのサンダーバード1号を指差した。つられてスコットも1号を見上げる。すると機体ナンバーの所だけが周囲に比べて色合が暗く見えた。
「ジョンがどうしても機体ナンバーだけは新しい機体に移して欲しいと言ってきたんだ。本当は全部同じ素材がいいんだけどね。その調整に時間がかかってしまったよ」
ブレインズは不可解だと言うように頭を捻るが、スコットはジョンの助言に感謝してもしきれなかった。
サンダーバードはただの機械の塊ではない。生死を共にしてきたパートナーなのだ。
「ありがとう」
スコットは1号を見上げたまま呟いた。
それはブレインズへなのかジョンへなのか、はたまたサンダーバード1号へなのか、その全てになのかわからなかったがスコットの胸に熱いものが込み上げた。
ピカピカのサンダーバード1号に触れてみる。
それは夢の続きを描いているかのようだった。
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