海底プライベートルーム

「お嬢様と連絡がつかないんです!」
トレーシー・アイランドのラウンジにパーカーの悲鳴のような声が響いた。ラウンジのソファーに寝そべっていたゴードンもいきなりのパーカーのホログラムと言葉に慌てて転がるように起き上がると「え?ペネロープが?何で?」と矢継ぎ早に聞き返した。
「それがわかっていれば連絡なんてしません。ところでスコット様は?」
「化学工場が爆発してみんな出払ってるよ」
「ゴードン様しかいないのですか……」
はぁ、と大きな溜め息にゴードンは「贅沢言ってる場合じゃないから!」とバンバンとテーブルを叩いた。
「確かにそうですね…。贅沢を言っている場合ではありません」
パーカーの贅沢発言にゴードンは自分で言ったものの随分な言われようだなと思う。しかしペネロープの音信不通というただ事ではない事態にそんなことは頭の片隅に追いやられた。
「いつから?」
ゴードンがiRの顔で尋ねれば、パーカーは記憶を辿りながら口を開いた。

今日、ペネロープは久しぶりに友人とお茶をする予定になっていた。友人とは言え世界的企業との繋がりが深い人物で、半分は某財界人について聞き込むミッションのようなものだった。パーカーがFAB1で送り届けたのはトレーシー・アイランドからも程近いリゾート地。海が綺麗で有名なところだった。
パーカーはホテルの入口でFAB1のドアを恭しく開けると「ラウンジですか?」と尋ねた。
「それが違うみたいなの。スペシャルなお部屋を用意しているって書かれているわ」
サプライズ好きな友人だ。何か計画しているのだろう。前にも同じようなことがあったのでペネロープはさほど気にせずシャーベットを抱き抱えるとFAB1を降りた。
「お犬様も一緒ですか?それは良かった」
パーカーに向かって唸るシャーベットを挑発するような視線で見下ろしながら言えば、ペネロープは「パーカー、おやめなさい」と嗜めた。
「それでは2時間後に。楽しんでください」
それがペネロープを見た最後だった。

それから2時間後。パーカーはホテルに迎えに行ったがペネロープは現れず、連絡もつかない。ホテルに問い合わせても「お客様の個人情報はお教え出来ません」と門前払いだった。それでもシルバー忍者の本領発揮でホテルのラウンジやティールーム、レストランを見て回ったがペネロープの姿は見つけられなかった。
「まさか組織ぐるみの誘拐では…」
パーカーは青ざめた顔をするが、ゴードンはパーカーが言ったホテル名に聞き覚えがあった。
「僕も今からそっちに向かう」
サンダーバード4号が単独で向かっても時間はそれ程かからないだろう。パーカーは少しだけ眉を開きつつも「どうしてゴードン様だけ家にいるんです?」と不思議そうに尋ねればゴードンは「色々あるんだよ!」と一方的に通信を切った。

※※※※※

ペネロープがホテルに入ると礼儀正しいスタッフがペネロープに声をかけた。友人の名前を告げると心得てますとばかりにペネロープをエレベーターにエスコートした。
ペネロープは初めてくるホテルだったが、南国の花で彩られ開放感のあるロビーはリゾート地に相応しかった。漂う甘い香りは飾られた花のものだろうか。
ペネロープを乗せたエレベーターは地下へと静かに降りていった。

「此方でプライベートルームまでお送り致します」
スタッフは魚型の小型潜水艇をペネロープに紹介した。自動操縦の潜水艇は4人乗りで内側には豪華な装飾が施されている。
プライベートルームはどうやら海底にある透明なドーム型の建物らしい。最近造られたばかりで、魚を楽しみながらお茶や宿泊が出来ると富裕層に人気のプランだった。
この潜水艇は客を送り届けた後はドッキングしたまま待機しているらしい。そして帰りにまた乗り込めばここまで自動で戻ってくるという仕組みだった。
小型潜水艇に乗り込もうとしたその時、ペネロープの端末に待ち合わせの友人から連絡が入った。ドアを開けたまま待機するスタッフに一言断りを入れてからペネロープは端末を開いた。

「ごめんなさい。急に予定が入ってしまって」
そう切り出した友人は申し訳なさそうにペネロープに謝った。友人もペネロープと似たような立場だ。それがわかっているからこそ、ペネロープは「残念だけど気にしないで。次を楽しみにしているわ」と優しく微笑んだ。ミッションとは言え急ぎではない。また近い内に予定を立てればいいとペネロープは思った。それよりも友人に会えない方が残念だった。
プライベートルームの支払いは済んでいるからどうかゆっくりして行って欲しいと友人は言うと、執事に急かされるように慌ただしく通信を切る。
折角のお茶会が1人になってしまった。
帰るにもパーカーの迎えは2時間後。それに帰ったところで急ぎの予定はないのでペネロープは海底のプライベートルームを楽しんで行くことにした。
ペネロープはシャーベットと小型潜水艇に乗り込むとスタッフに微笑んだ。

「素敵ね、シャーベット。こんなに魚が近くで見られるなんて」
プライベートルームはペネロープの自室位の大きさだ。大きなソファーにテーブルの上にはケーキやスコーンといったアフタヌーンティー一式がところ狭しと並んでいた。落ち着いた光に穏やかな音楽。ペネロープはシャーベットを床に下ろすと暫くは海中を眺めて寄っては去っていくカラフルな魚達を楽しんでいた。


異変に気づいたのは1時間を過ぎた頃だった。
微かな水音に気がついたペネロープはソファーから立ち上がると部屋を見渡した。この密閉された空間に水が入る場所など限られている。ペネロープは小型潜水艇がドッキングしている入口に向かう。入口は二重ロックになっているが部屋側の床が濡れていることに気づくと小さく声を上げた。ここに水が入っているのならドアの向こう側はどうなっているのか。ペネロープはドア横の防水シャッターを急いで下ろした。
「どういうことかしら…」
ペネロープは不安そうに鳴くシャーベットを抱き上げると自問するように口にした。ペネロープを狙った何者かの犯行だろうか。だとすれば友人もグルだということになるが、先程の様子からはそんな気配を微塵も感じなかった。それにこんなまどろっこしい事はしないだろう。実際、今までフッドの部下に襲われた時はもっと直接的な攻撃だったのだから。
それならただの事故だろう。
ホテルに連絡をして状況を伝えなければと室内の通話ボタンを押した。が、うんともすんと言わない。応答がないのではなく、繋がっている気配がなかった。
「水が入ったことで壊れたのかしら?困ったわね」
ペネロープはソファーに座ると鞄の中から通信機を取り出した。
「パーカーからホテルに言って貰いましょう。そんな心配そうな顔をしないで、シャーベット」
ペネロープはシャーベットを一撫でするとパーカーに通信を入れた。しかしこちらも繋がらない。ペネロープは綺麗な眉を微かに寄せると、今度はトレーシー・アイランド、ジョン、スコットに連絡を入れてみたが全て繋がることはなかった。
「変だわ…」
ペネロープが使用している通信機はブレインズ製の高性能なものだ。海底だからといって繋がらない訳がないのだが。

お茶会の予定時刻が過ぎようとしている。
しかし先程のスタッフは「ご予約は明日まで入っております。お時間が許すなら、ごゆっくりお過ごしください」と言っていたのだ。2時間なのはペネロープと友人の都合なので、ホテルはペネロープが戻らなくても「宿泊することにしたんだな」位にしか思わないだろう。パーカーは動いてくれるだろうが、この海底にいるとはわからない筈だ。
外部との通信手段を絶たれたペネロープは困惑したように海の外を眺めた。

※※※※※

「海底プライベートルーム?」
「うん、そこのホテルが最近始めたサービスなんだ」
ゴードンは現場に向かうサンダーバード4号の機内でパーカーに言った。謳い文句は『外界から隔離された完全プライベート空間。時間も電波も忘れて魚と戯れる至福のひととき』で、何とドーム全体が妨害電波に被われ通信が出来ない状態だと言うのだ。
「密会とかには最適だろうけどね。危険過ぎるんだ」
パーカーがホテルのどこを捜しても見つからなくて連絡も取れないなら、そこにいる可能性が高いとゴードンは言った。
ホテルのシステムに入り込んで海底プライベートルームの設計を頭に叩き込むが、見れば見る程にずさんで危険な設計にゴードンは頭が痛くなるのを感じた。

プライベートルームは全部で5箇所。
入口に小型潜水艇が無い2部屋は無人だと思っていいだろう。残りは目視で確認するしかない。ゴードンは1つ目のプライベートルームに近づくと船外活動に切り替えアクア・スクーターを装備してゆっくりとドームに近づいて行った。
「待って。これスゴく覗きっぽくて嫌なんだけど!」
思わずゴードンが言えばパーカーは「ゴードン様の趣味が覗きだなんて…なんと嘆かわしい。お嬢様に報告しなければ」と頭を押さえた。
「本当にやめて!!」
ゴードンは叫ぶように言うが、1件目のドームで女性達が華やかなパーティーをしているのを見ると本当に覗きのような気分になり、ゴードンは慌てて2件目のドームに急いだ。
2件目も空振りで、ここではないのか?と不安になった3件目でようやくペネロープを見つけるとゴードンは目を輝かせた。それはペネロープも同じだったようでシャーベットを抱えたままドームのギリギリまで近づくとゴードンに何かを訴えかけた。
その様子から緊急事態が起こっていることを察するとゴードンはトレーシー・アイランドに通信を入れた。


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