バースデー・サプライズ

それはバージルの誕生日から1週間前のこと。
夕食後ラウンジで寛いでいるとゴードンが唐突に「バージルの誕生日だけど」と口を開いた。
「何食べたい?ケーキはチョコでいい?あとプレゼントは何が欲しい?」
あまりにオープン過ぎる問いかけにバージルは思わず口ごもった。
「少しは…その、サプライズとかないのか?」
「サプライズは去年ので懲りたからやらない。バージルだって悲しそうな顔してたじゃん。はい、何食べたい?」
端末のメモ機能を開いてゴードンは催促をする。他の兄弟も止めることなく「で、プレゼントは?」と聞いてくる始末だ。
「チョコレートケーキでいいよ。おばあちゃんの手作りじゃなければ」
「僕はおばあちゃんのケーキも大好きだけどね。プレゼントはこの前言ってた画集でいいか?」
スコットは優雅に足を組みながらバージルに尋ねる。何気ない雑談の中の画集を覚えているのは流石と言ったところだが、バージルは頷きながらも心の中で首を傾げた。
(雑じゃないか…?)
これでプレゼントを開けるドキドキはなくなった。ケーキもプレゼントも予定調和な誕生日会は初めてでバージルは戸惑っていた。
小さな子供ではないのだから、もうサプライズは卒業なのかもしれない。それでも一抹の寂しさを感じる。
「ケーキはチョコで、ピザはマルゲリータでいいよね?後はサラダとベーグルと…あ、おばあちゃん!クッキーは大丈夫だから!」
嬉々としてお菓子レシピを眺めるおばあちゃんをゴードンは慌てて止めた。

「バージル、他に何が欲しい?」
バージルの隣に座ったアランがバージルを見上げる。ここでもリクエスト制かと思いつつ、バージルは「何でもいいよ」と答えた。
「『何でもいい』が一番困るんだよね。スコットは画集か…。じゃあ絵の具なんてどう?いつも使ってる絵の具の無くなりそうな色をプレゼントするよ!」
「あ、いや無理しなくていいぞ…」
脳内で無くなりそうな絵の具を思い浮かべながらバージルは複雑そうな顔をした。確かにありがたいが、それがプレゼントと言われると少し違うのでは?と思ってしまう。それにちょうど無くなりそうな絵の具が多いので、アランの負担にもなるだろう。それならアランが独自で選んでくれたものの方が何倍も嬉しかった。
「アラン、僕と共同プレゼントにしようよ。それならいいよね」
まるで「選ぶ手間が省けてラッキー」と言わんばかりのゴードンにバージルは益々複雑そうな顔をする。
そんなバージルの心境を知ってか知らずかジョンのホログラムは「僕はどうしようかな?」と呟いた。画集、絵の具とくれば筆だろうか。しかし筆は好みもあるし、使い勝手もある。それでもバージルはジョンがどんな筆を選んでくれるのか楽しみだった。もしかしたら新しい発見があるかもしれない。しかしジョンはバージルに向けて筆のカタログページを開いて見せた。
「バージル、好きなの選べ」
「それは違うだろ!」
これではただの代理購入ではないか。
あまりに素っ気なさ過ぎるジョンの手法にバージルは思わず声を荒らげるが、ジョンは(何が不満だ?)といった表情で眉を顰めた。
「筆はいらないのか?」
「そうじゃないけど…」
「だったら早く選べ」
まるでバージルが悪いと言わんばかりの圧をかけてくるジョンに負けてバージルは無難な筆を選ぶ。ジョンは「注文しておく」と言うと、仕事は終わったとばかりに通信を切った。

「バージルの誕生日楽しみだな」
ゴードンの言葉すら白々しく聞こえ、バージルは人が1人また1人と減っていくラウンジで微妙な表情を浮かべていた。

※※※※※

8月15日バージル誕生日当日。
決められたケーキに料理、プレゼントだとしても誕生日はやはり特別で嬉しいものだ。鼻歌混じりでキッチンに降りると、朝食だと言うのにケーキやご馳走が並んでいた。
「おはよう、バージル。誕生日おめでとう」
驚くバージルにスコットは穏やかに微笑む。しかしその服装は仕事用のスーツで、ジャケットを羽織れば今にも出勤出来そうな雰囲気だった。
「ありがとう、スコット。で、これは?」
「バースデーパーティーだよ!去年みたいにならないように朝やるんだって!」
無邪気にアランがバージルに抱きつく。それを片手で軽くあしらえば、アランは嬉しそうに笑った。
「でも朝だからケーキは小さめなのが残念だな」
アランが言うとおりテーブルの上のチョコレートケーキはやけに小さい。直径15センチ程しかなく、去年のケーキに比べたら1人用にしか見えなかった。
「バージルおめでとう。はい、これプレゼント。僕とアランからだよ」
「あぁ、ありがとう」
ゴードンが差し出した袋は簡易包装で、プレゼントではなく「自宅用で」と言ったであろう袋に入っていた。紙袋の中には先日の宣言通り無くなりそうな絵の具が数種類。メッセージカードもなければリボンもない。まるで差し入れのようだが、アランが「これでたくさん絵を描いて!僕、バージルの絵が好きだから」と満面の笑みを浮かべたのでバージルの心は幾分和らいだ。
「僕からはこれだ」
スコットから渡されたのは大きな画集。丁寧に包まれているが、これはラッピングではなく画集の為の梱包だ。去年のカラフルで大きな箱に入ったプレゼントに比べて何と実用的なことか。

それでも祝ってくれることは嬉しく、バージルは「ありがとう」と兄弟を見回した。そしてジョンがいないことに気づく。その視線に気づいたゴードンはサンダーバード5号に通信を入れながら「ジョンは忙しくて降りれないんだってさ」とバージルとジョン、両方を気遣うように言った。
「バージル、誕生日おめでとう。早速で悪いんだけど、2号が必要になるかもしれない。待機していてくれ」
「FAB。朝から大忙しだな」
「レスキューはバージルの誕生日だって配慮してくれないからな」
「それもそうだ」
ジョンが肩を竦めれば、バージルも真面目な顔で頷いた。
「それからプレゼントの筆はパパの会社宛に届くようにしてある。スコット、今日回収しておいてくれ」
「会社と僕を私書箱扱いするな」
「それならトレーシー・アイランドに届けろって?それとも5号宛にすればいいのか?」
「ジョンが降りてきて受け取ればいいだろ」
「僕が?面白くないジョークだな。まるでゴードンだ」
「待って!今の僕関係ないよね!」
ゴードンの抗議を鼻で笑うとジョンのホログラムが消える。「スコットが余計なこと言うから」と言うゴードンの恨みがましい視線を感じながら、スコットは「そろそろ会社に行かないと」とそそくさと席を立った。
「スコット、ケーキは?」
「お前達で食べていいぞ!」
ジャケットを掴んで格納庫に向かうスコットの後ろでアランは「ケーキが大きくなった!」と嬉しそうにナイフを手にしていた。
こじんまりとしたパーティーだが、バージルはアランとゴードンの賑やかな弟2人に囲まれ美味しそうにケーキを口に運んだ。

※※※※※

「バージル、出動だ。雪山に取り残された人がいる」
「人数は?」
「1人だ。2号で近づき過ぎると雪崩を起こす可能性がある。PODで接近するんだ」
「FAB」
バージルはラウンジのソファーから立ち上がるとサンダーバード2号に繋がる絵画の前に向かった。
「僕は?」
「部屋を片付けて勉強しろ」
意気込むアランにジョンが容赦なく言えば、隣で聞いていたゴードンがケラケラと笑う。そんなゴードンに「お前は部屋と4号の掃除をしろ」と言えば、ゴードンは「あれ?電波が悪くて聞こえない」と言いながらジョンの通信を切った。
「怒られない?」
「大丈夫だって。僕達には片付けより大切な任務があるだろ?」
ゴードンがニヤリと言えば、アランも「うん!」と勢いよく頷いた。
2人は顔を見合わせるとキッチンに駆け降りて行った。


白い雪に覆われた山が視界いっぱいに広がる。それはまるで
「粉砂糖のかかった…」
「はいはい、バースデーケーキみたいだな」
「随分と冷たいな…」
しょんぼりと肩を落とすバージルにジョンは気づかないふりで「そろそろ接近に気をつけろ」と言った。
「上空からのアプローチと地上からのアプローチならどっちがいい?」
「地上からだと時間がかかり過ぎる。上空からがいいだろう」
「FAB。2号を滞空させておくから飛行機がぶつかりそうになったら避けといてくれ」
バージルはそう言い残すとコンテナに降りていく。
作業員を救助して安全な所まで送り届けてから帰還する。それでも昼過ぎには帰還出来るだろう。ジョンはトレーシー・アイランドとスコットに通信を入れた。

「そっちの準備はどうだ?」
「順調だよ。今はブイヤベースとチキンを作ってる。後、アランがおばあちゃんの手羽先を阻止してる」
後半小声になったゴードンにジョンは「アランに頑張れと伝えてくれ」と神妙な顔で囁き返した。
「飾り付けは終わったわ」
「こっちも筆の回収は終わったよ。少し仕事をしてからケーキを買って帰る」
ケーヨとスコットの答えにジョンは満足そうに頷く。後はバージルの帰還に合わせて自分も家に降りるだけだ。今年はちゃんとお祝いが出来そうだと思っていると、「それにしても」とゴードンの笑いを堪えた声が飛んできた。
「今朝のバージルの顔見た?『え?もうパーティーなのか?ケーキ小さくないか?』って顔に書いてあってさ」
「まさか二段構えのパーティーとは思ってないよね。プレゼントも別にちゃんと用意してあるって知ったらバージルは喜んでくれるかな?」
アランがニコニコと会話に入ってくれば、ジョンも「きっと喜んでくれるよ」と優しく微笑んだ。
「後はバージルのレスキューが無事に終わることだな」
「スコットの仕事の方が心配だわ」
「心配してくれてありがとう、ケーヨ。でも大丈夫だよ。僕が家族のパーティーに遅れたことがあるか?」
「僕はスコットより1号で運ばれるケーキの方が心配だけどな」
崩さないでよ、とゴードンが念押しするとスコットは「安全運転が僕のモットーだよ」と片目を瞑って見せた。途端に巻き起こるブーイングにスコットは語気荒く反論する。そんなやり取りを尻目にジョンは通信をバージルに切り替えた。


バージルのPODは無事に研究所に着陸したようだ。急に全ての電力が停止してしまったと唯一使えた緊急無線からiRに連絡が入ったのだ。
「5号、作業員を見つけた。低体温症になっているが、意識ははっきりしている。2号に戻って体を温める」
「頼んだ。必要なら病院へ向かってくれ」
作業員を見つけたと言うのにバージルの声は固い。その様子にジョンは嫌な予感がした。

サンダーバード2号機内にある生命維持装置に作業員を寝かせて体を温めていく。
バージルは「もう大丈夫ですよ。ゆっくりしてて下さい」と作業員を安心させるように言うと、急いでコンテナに戻った。
「2号どうしたんだ?」
「5号手伝ってくれ。あの研究所の設備を直す必要がある」
「何があった?」
ジョンの問いにバージルは眉間に皺を寄せたまま「電力が止まったことで内部のエネルギーが排出出来ない。このままだと爆発する恐れがある」と言った。
「わかった。ブレインズに繋ぐから内部設備をスキャンして送ってくれ」
あの研究所が爆発しようものなら大規模な雪崩を誘発して麓の町は大打撃だろう。何よりバージルが只では済まない。ピリッとした緊張感がサンダーバード5号に張り詰めた。

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