無人島と未確認生物

目を開けたら隣にゴードンが寝ていた。
重力の所為だけではない頭の痛みを感じながらジョンは辺りを見回す。ここは見慣れた自分の部屋で、隣で寝てるのは間違いなくゴードンだ。ただしジョンとゴードンの間には垣根のように枕が置かれていた。
「何だこれは…」
痛む頭を押さえながら体を起こすと、そこで初めて自分が下着しか身につけてないことに気がついた。これが知らないホテルで隣に寝るのが妖艶な美女であれば一夜の過ちかと思うが、あいにく自室で兄弟となれば色恋沙汰に発展する余地もない。気分とは裏腹な爽やかな朝陽を浴びながら、ジョンは乱暴にゴードンを起こした。

「何で僕のベッドにいるんだ」
「これまた随分なご挨拶だね。昨日のこと覚えてない?」
「昨日?」
薄く目を開いたゴードンは不機嫌なジョンに負けず劣らず不機嫌な様子でジョンを睨んだ。
昨日は立て続けに起きていたレスキューが落ち着いたのでジョンが家に降りてきたのだ。久しぶりの休暇ということもあり、スコットは秘蔵のウイスキーを、バージルは芳醇なワインを、ゴードンはコロナビールと、それぞれがとっておきの一品を持ち寄った。アルコール不可なアランはオレンジジュースで参加だ。
ジョンが降りてきたタイミングは酒盛りが始まった直後。勧められるままにグラスを傾けたが、疲労と寝不足と空腹のところへのアルコールはジョンの体にあっという間に回った。
「ジョン、顔が赤いよ?」
心配そうに見上げる末っ子を最後にジョンの記憶は途絶えた。


「あんなに情熱的に僕を求めたのに覚えてないって言うつもり?」
「気味の悪いことを言うな」
ジョンが眉を顰めれば、ゴードンは鼻で笑った。
「じゃあ表現を変えるよ。あんなに僕に絡んだの覚えてない?バージルと部屋に運んだのに僕だけ解放してくれなくて、ずーっと惑星の話を聞かされたんだよ。部屋を出ようとしたら力業で引き戻してさ。そんな力どこにあったの?って感じだよ。最後はいきなり寝始めるし」
散々振り回されたゴードンだったが、私服のままでは寝にくいだろうとジョンの服を脱がせてやった。流石にパジャマを着せるまでは出来なかったが。そして自室に戻るのも面倒になったゴードンはジョンのベッドに寝転がった。寝ぼけたジョンの拳が飛んでこないように枕でバリケードを作って。

「参っちゃうよね。僕、枕が変わると寝れないのに」
「そんな繊細じゃないだろ」
ジョンは昨夜の出来事に気まずそうに目を逸らすが、アクビをしつつベッドから起き上がったゴードンが自分のパジャマを着ているのを見ると低い声を出した。
「おい、パジャマ…」
「洗ってあるやつだから気にしないよ」
「お前じゃなくて僕が気にするんだよ!」
口元のよだれを袖口で拭うゴードンにジョンの眉が跳ねる。だがゴードンも一歩も退かずに食いついた。
「はぁ?僕だけジーンズにアロハで寝ろって言うつもり?裸で寝なかっただけ感謝して欲しいんだけど」
「部屋に戻れば良かっただろ」
「散々引き留めてといてそれ?都合のいい時だけ相手させるなんて最低!」
「その言い方やめろ!」
わざとらしく顔を覆うゴードンにジョンは頭痛も忘れて声を荒らげた。

そこにスコットがやってくると、ベッドの上でギャーギャー言い争う弟達に「朝飯にするからシャワーでも浴びてこい」と呆れた口調で言った。ゴードンはベッドから降りるとスコットに駆け寄る。「ジョンに弄ばれた」と訴えれば、「わかった、わかった。ジョンをからかうのもその辺にしとけ」とスコットはゴードンの肩を叩いてシャワーへ促した。

※※※※※

朝食はバージルの手作りだった。
既にジョンとゴードン以外は終えていたらしく、テーブルには2人分のスープとベーグルが置かれていた。
「大丈夫か?」
シャワーを浴びて幾分スッキリしたジョンだったが、バージルはジョンを見ると心配そうに眉を寄せた。
「大丈夫だ」
「僕の方が大丈夫じゃない」
「お前もしつこいな」
ジョンは対面に座るゴードンの足をテーブルの下で蹴った。
「食事中くらい大人しく出来ないのか」
「それはジョンに言ってよ」
ゴードンは不貞腐れたようにベーグルにかぶりついた。ジョンも黙々とスープをスプーンで口に運ぶが、ふと不安になったのか隣に座るバージルに「昨日の記憶が曖昧なんだけど…」と様子を探り入れた。
「気にするな。『HD131399ab』って惑星について語ってただけだよ」
「それなら…」
恥態を晒していた訳ではなさそうだとジョンはホッとしたが、ゴードンは「3つの太陽が存在するとか地球から340光年離れてるとか200回位言ってたからね。何これ惑星の強化合宿?」とテーブルの下でジョンの足を突っついた。
「ちなみに動画も撮ってあるから」
ゴードンは勝ち誇ったようにニヤリと笑うが、ジョンはそれを無視してテーブルにある端末に手を伸ばすと5号に通信を入れた。
「EOS、ゴードンの端末を初期化してくれ」
「ちょっ…待って…!!」
ゴードンは慌てて端末の電源を切ろうとするが、それをジョンの腕が遮る。テーブルを挟んで暴れる2人をバージルは止めていたが、その騒ぎはスコットの「3人とも上に来てくれ」という声によって中断された。
ジョン達は顔を見合わせると、先程までの乱闘など無かったことのようにラウンジに急いだ。


「無人島からのレスキュー要請だ。ゴードン、ジョン。ポッドで向かってくれ」
「僕はいいけどジョンも?」
無人島に行った調査員の小型機が壊れて帰れなくなったという内容だ。それほど緊急性があるように思えず、ゴードンだけでなくジョンも怪訝そうな顔をした。それに5号を経由していないレスキュー要請も気になるところだ。
「ジョンならEOSと連携して現場からでもオペレーションが出来るだろ」
「それはそうだけど」
「じゃあ僕とゴードンでジョンは家からオペレーションでよくない?」
留守番の気配を敏感に感じ取ったアランが口を挟むが、スコットは「お前は待機だ」とその意見を一蹴した。面白くなさそうに頬を膨らませるアランにスコットが「もしかしたらアランには別で出動要請をするかもしれないから」と独り言のように言えば、スコットらしくない物言いにアランは小首を傾げてスコットを見上げた。

「とにかく、島の近くまで2号で送るから頼んだ」
スコットは反論を拒むように言い切ると弟達を急き立てた。何か含みがあるように思えてジョンはスコットの表情を注意深く窺う。しかしポーカーフェイスの司令塔の内面まではわからず、「FAB」と仕方なくソファーから立ち上がった。
「近くまで送ってくれるならジョンじゃなくてバージルでよくない?」
「僕とバージルは別件があるんだ」
スコットはゴードンに言うと自らもサンダーバード2号に搭乗すべく格納庫へ向かう。

「スコットとどこ行くの?」
「僕も聞かされてないんだ」
バージルもお手上げだと手を広げるばかり。ただ無人島に取り残された人がいるのは事実だろう。まずはレスキューだとそれぞれ出動へ向けて急いだ。
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