思い出ひとつ

どこまでも続く青い空をサンダーバード2号の緑色の機体が悠然と飛んでいた。
専属パイロットであるバージルはご機嫌に操縦桿を握り、今にも鼻唄を歌いだしそうだ。単独レスキューで向かったのは高層ビル火災現場で最上階から逃げ遅れた人達のレスキューだった。レスキューは無事完了。誰一人、怪我人が出ず火災も延焼なく鎮火したのは不幸中の幸いだった。
「ありがとうございます!」と沢山の御礼と「お兄ちゃん、またね!」と幼い子に見送られるのは悪い気がしない。一生懸命振られる小さな手を思い出してバージルの頬は弛んだ。
(思ったより早く帰還できそうだ)
時間もあるから今日は手の込んだ夕飯を作ってみようか。よし、そうしよう!と思ったその時、バージルの目の前にジョンのホログラムが浮かび上がった。

「やぁ、バージル」
「ジョン?浮かない顔をしてどうしたんだ?」
レスキュー完了を告げた時とは異なるジョンの雰囲気にバージルは嫌な予感に眉をひそめた。
「悪いんだけどこのまま1号のサポートに向かってくれ。座標は今から送る」
「何かあったのか?」
バージルのレスキューと同じタイミングでスコットもレスキューに出た。確か崩れかけの洞窟の中で動けなくなった探検家を救助に行くと言っていたが。
バージルの言葉にジョンは肩を竦めた。
「スコットが洞窟に戻って行った。連れ戻してくれ」
「探検家を追って?」
「いや、探検家のレスキューは終えて、今は1号で待ってもらってる」
「じゃあスコットはレスキューを終えたのに再び洞窟に行ったってことか?」
「そうだ」
ジョンの言葉にバージルは沈黙する。そして「言ってる意味がわからないんたけど…」と言えばジョンからは「奇遇だな。僕もだ」と呆れた声が返ってきた。
「とりあえず急いで向かうよ」
「あぁ、パワースーツで迎えに行ってくれ」
「FAB」
バージルはジョンから送られてきた座標を確認するとトップスピードまで加速をした。

※※※※※

「5号、洞窟が崩れるまで後どれくらいだ?」
「既に崩れてるけど?」
「聞き方が悪かった。洞窟が完全に崩れ落ちて僕が埋まるまで何分ある?」
「もって15分。ただ崩落状況では早まる可能性もある」
「15分あれば充分だ」
「後半聞いてたか?」
ジョンの声が低くなるが、スコットは気にする様子もなく洞窟の奥に急いだ。
ジョンがバージルのレスキューに目をやった隙に、気づけばスコットは洞窟に戻っていた。探検家はしっかりと安全なサンダーバード1号に避難させて。
ジョンが理由を聞いてもスコットははぐらかすばかり。つまり反対されるような理由なんだろうなとジョンは見抜いていた。これが「まだ洞窟内に人がいる」等であったらスコットは躊躇いなくジョンに話しているはずだ。

不安定な岩場をスコットは軽く飛び越え進んでいく。どうやらこの下は空洞になっているようで、支えを失った地面はポッカリと暗く深い穴を覗かせていた。
「落ちたら厄介だな…」
腰に装着したワイヤーガンを確認しながら言えば、その不穏な言葉を聞いたジョンが「何が厄介だって?」と聞き返した。
「何でもない!全て順調だよ、本当に」
「嘘くさい…」
地下の空洞は5号からでも確認出来る。落下した岩が地面を傷つけ、それが崩落を早めている。もはや洞窟の中は人がいていい場所ではなかった。
「1号、早く戻れ」
「わかってるよ。ほら、到着」
スコットは探検家と出会った場所まで戻ってくると辺りを見回した。そして岩の隙間に挟まっていた小さな工具入れを拾った。それは探検家が肌身離さず持っていた工具入れだった。
「今から戻るよ」
「急げ。2号も到着したみたいだ」
「2号を呼んだのか?生き埋めになった僕をレスキューする為に?」
「そうならないように早く脱出しろ!」
「FAB」
飄々としたスコットとは対照的に苛立ちを露にしたジョンにスコットは(怒らせたか?)と青い瞳を上に向ける。
その拍子に一際大きな揺れが洞窟を襲った。

※※※※※

「5号、ここが入口であってるか?岩で塞がれてるんだけど」
「あぁ、そこが入口だった場所だ」
「過去形にするな」
バージルは苦笑いを浮かべるとパワースーツで岩をどかしにかかった。一抱えもある大きな岩を軽々と持ち上げると脇に投げる。次々と岩を撤去するのを横目にジョンは1号の機内に通信を繋いだ。足を痛めていると聞いていた探検家の様子が気になったかりだ。
ジョンのホログラムが浮かぶと、ジョンが話すより先にスコットの無事を祈り続けていた探検家が不自由な足でホログラムに駆け寄ってきた。
「彼は無事ですか?」
「今、仲間が向かってます。多分大丈夫でしょう」
スコットとバージルなら何があっても何とかするはずだ。ジョンはそう思っていたが探検家はジョンの『多分』に肩を震わせた。
後悔する探検家の様子にジョンは不思議そうな顔をした。この様子では探検家が無理にスコットに戻るよう頼み事をしたとは思えない。探検家の足に血が滲んでいるのを見るとジョンは意識を戻した。
「怪我は大丈夫ですか?」
「私のことは気にしないでくれ。それより彼が…」
「大丈夫です。彼は僕達のリーダーです。それにこういう事には慣れてますから」
ジョンが探検家にいつ離陸してもいいように席に座ってくれと促すと、探検家が「私が余計なことを言ったばかりに…」と震える声で呟いた。
(余計なこと?)
ジョンが聞き返そうとした時、バージルからの通信が入り、ジョンは後ろ髪を引かれつつも通信を切り替えた。


「5号、落石で道が増えたり減ったりしている。ルートを表示してくれ」
パラパラと土が上から落ちてくる洞窟は今にも崩れ落ちそうだ。「完全に崩れてからジェットモグラで迎えに行った方が速いかもな」とジョンが安全なルートを探しながら半ば投げやりに言えば、「ジョン」と嗜めるようなバージルの声が通信機から聞こえた。
「冗談だよ」
「そうは聞こえなかったぞ」
「いや、本当にジェットモグラの方が速いかもしれない。1号の動きが止まった。2号急いでくれ」
「FAB!」
真剣なジョンの口調にバージルの顔色が変わる。動きが止まったという事は何かが起こったに違いない。バージルはゴロゴロと岩が転がる道を注意深く且つ迅速に走った。


「スコット!」
半分以上岩で塞がれた道でバージルは片足を引き摺るように歩くスコットを見つけると思わず声を上げた。手には工具入れを大切そうに持っていて、それが洞窟に引き返した理由だと瞬時に察した。
「これはまた中途半端な時に来たな。もう少し早く来るか、もう少し経ってからモグラで来た方が安全だったぞ」
「くだらない事を言ってる場合か!早く脱出しないと」
バージルはスコットが走りやすいように岩をどけたが、思いの外スコットの歩みが遅いことに気づくと有無を言わさずパワースーツでスコットを抱え上げた。
「おい!バージル!」
「この方が速いんだ。暴れないでくれ」
「自分で走れる!」
「走れてなかっただろ!僕はここでスコットと埋まる気はない!」
バージルが言う通り洞窟は崩落間近だ。ここで騒いでいる場合ではなかった。それでもじたばたと暴れる長男を無視してバージルは走り出す。気を抜くと足下に穴がポッカリと空いていたりするので気が抜けなかった。

走っている内に暴れ疲れたのか渋々大人しくなったスコットだったが、不意に「前に跳べ!!」とバージルの耳元で声を張り上げた。その真剣な声にバージルは反射的に前に跳ぶ。その後ろで天井が崩れるような轟音が響いた。
足を止める余裕もないので走りながら、チラリと後ろを振り返れば先程までいた場所が完全に埋まっていた。
「僕の頭がトマトになる前に脱出してくれ」
「おばあちゃんのミートソースみたいにか?」
「どっちも中々の惨劇だな。僕はおばあちゃんのミートソース大好きだけどね」
スコットとバージルの会話を通信機越しに聞いているジョンは静かに息を吐いた。どうしてこの状況で軽口が叩けるのか。
それがスコットとバージルの強さだと知ってはいるが聞いてる方からしたら、堪ったものではなかった。
だから「出口だ!」とバージルの声が聞こえた時、ジョンは心からホッとした表情を見せた。

※※※※※

「危機一髪ってところだな」
脱出と同時に崩れ落ちた洞窟を見ながらバージルが呟けば、そのヘルメットを叩きながらスコットが「降ろせ」と要求した。
機械音と共にアームを降ろせば、スコットは地面に降りて大きく背伸びをした。
「乗り心地は良くないな」
「その前に言うことがあるんじゃないか?」
「バージルのお陰で助かった。ありがとう」
スコットが笑窪を見せれば、バージルも小さく肩を竦めてそれに応えた。

「彼を病院に連れていかないと」
「それはスコットも同じじゃないか?」
落石で足を痛めたというスコットに肩を貸しながら機体まで戻る。
「僕は家に戻るから、病院への送迎を頼めるか?疲れてるところ悪いな」
「気にするな。それより家でちゃんと手当てしてくれよ」
「もちろん」
1号まで戻ると、機内から探検家が姿を現し、スコットを見ると安堵に膝をついた。
「無事で良かった…」
「当たり前です。僕達はiRですから」
手を差し伸べながらスコットは穏やかに微笑んだ。
「これをどうぞ」
スコットは立ち上がった探検家に洞窟の奥から取ってきた工具入れを手渡した。目を輝かせ何度も何度も礼を言う探検家をバージルに任せるとスコットはサンダーバード1号に乗り込んだ。


「サンダーバード1号、帰還する」
「スコット、無茶し過ぎだ。あそこは戻るべきじゃなかった」
帰還の報告に対してジョンから苦言が返ってきたスコットは「そうだな」と素直に頷いた。
「でも行かない訳にはいかなかった。だって…」

※※※※※

「大切な工具入れなんですね」
傷に響かないように速度を落としたサンダーバード2号の機内でバージルは隣に座る探検家に尋ねた。探検家はずっと胸に抱くように工具入れを持っていて、バージルの言葉に「実は…」と工具入れを開いた。
中には使い込んだ工具と共に1枚の色褪せた写真が入っていた。写真には幼い子供を真ん中に両親が立っている。全員が幸せそうにレンズに向けて笑っていた。
「私の両親も探検家だったんです。ですが、私が幼い頃に亡くなりまして…」

※※※※※

「両親が写っている唯一の写真だって言われたら戻るだろ?」
「そうかもな」
スコットの言葉にジョンも頷く。しかしジョンは真面目な顔で言葉を続けた。
「でも次からは止めてくれ。僕はスコットを思い出にはしたくない」
「肝に銘じておくよ」
「スコットの肝は信用ならない」
「酷い言い草だ」
スコットが笑い飛ばせばジョンは気分を害したように横を向いて通信を切った。
「…怒らせたか?」
スコットの不安をよそに、青い空はどこまでも続いていた。

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