コーディネート

「ゴードンお願いがあるんだけど…」
ある日の夜。神妙な顔つきで部屋に来たアランにゴードンはベッドから飛び起きた。いつもなら前置き無しに「アレして」「コレしようよ」と言ってくる末っ子なのだ。
先日なんて「ビンの蓋が開かない」と寝てるところを起こしてきた程だ。そのよく言えば自由奔放、悪く言えばワガママな末っ子がやけに下手に出てきたのだから驚くなと言う方が難しい。
アランの表情だけで、ゴードンはその「お願い」とやらを引き受ける気満々だった。

「どうした?」
アランをベッドに座るように促す。
アランは素直にベッドに腰かけたが、そこから言葉を探すように視線を宙にさ迷わせた。その様子にゴードンは胸の内でガッツポーズを決める。何故ならまだ他の兄弟には相談をしていないという事だから。5人兄弟の末っ子であるアランは4人の兄がいる。その中で自分を最初に頼ってくれたことが嬉しかった。

「今度学校でイベントがあるんだけど…」
アランはようやく口を開く。
「発表とパーティーの間くらいのイベントなんだ。この服だとカジュアル過ぎて、でもフォーマルスーツだと大袈裟なんだ」
つまり着ていく服がないのだと言う。
ゴードンは「なるほどね」と頭の後ろで手を組んだ。
トレーシー家は大富豪と呼ばれているがレスキュー以外の私生活は意外に質素だ。特に私服は極端に少ない。日常使いの私服はほぼ一着で、後はパーティー用のフォーマルスーツに、上の兄達が父親の会社に行く時用のスーツくらいなものだ。その代わりスーツは超一流品を揃えている。アランは特に正装して行くような観劇やコンサートを好む訳ではないので、いわゆる『よそ行きの服』を持っていないのだ。
「だから」とアランは上目遣いでゴードンを見た。
「一緒に服を買いに行って欲しいんだ」
この可愛らしいお願いを誰が断れようか。
「いいよ。お兄ちゃんに任せなさい!」
ゴードンがアランの両肩を掴み力強く言えば、アランはホッとしたように笑顔を見せた。

※※※※※

数日後。
ゴードンとアランはポッドで近くの町に向かっていた。アランの服を買いに行くと言えばスコットが是が非でも付いて来ようとしたのだが、アランが強固に嫌がったのだ。
「あんなに嫌がらなくてもよくない?スコットこの世の終わりみたいな顔してたよ」
あんなにも打ちひしがれて『絶望』という表現がピッタリな様子にゴードンは流石に戸惑った。バージルがスコットを引き受けてくれたので出発出来たようなものだ。
「だってスコットは何でも『かわいい』って言うから…」
後ろの席でプクッと頬を膨らませるアランにゴードンは操縦桿を握ったまま肩を竦めて見せた。スコットの言い分もわかるなと思いながら。そんなゴードンの心を読んだかのようにアランはゴードンの操縦席を手で揺らした。
「だって私服でもいいかな?って言ったら『かわいいから大丈夫だ』やっぱりスーツにするって言ったら『それもかわいいな』じゃあパンダの着ぐるみで行くって言ったら『かわい過ぎるからダメだ』って!全然真面目に聞いてくれないんだ」
「多分真面目に答えてると思うよ」
全部真面目に考えて『かわいい』を選択したのだろう。あの長男ならやりかねない。
「そろそろ着陸だから揺らすの止めて。それと帰ったらスコットをフォローしといて」
ゴードンが着陸先を確認しながら言えばアランは渋々頷いて大人しく席に座った。


「はい、到着」
ゴードンがアランを連れてきたのは町中の洋品店だった。フォーマルスーツを仕立てた時の店よりは幾分カジュアル寄りだ。それでも上質な店を選んだのはアランが通う学校のことを考えてだった。
「そして今回は特別にスペシャルゲストをお呼びしました」
「スペシャルゲストって?」
アランが訝しげに聞き返すと同時に見慣れたピンク色の車が店の前に横付けされる。
「FAB1?」
アランの信じられないという呟きに呼応するようにFAB1の窓が開くと、ペネロープが「ごきげんよう」とアランに微笑みかけた。
「ペネロープも来てくれたの?」
「えぇ、ゴードンに頼まれたの。アランの服を一緒に見立てて欲しいって」
パーカーが開けたドアから優雅な仕草で降りると、ペネロープは腕に抱えていたシャーベットをパーカーに手渡した。
「お犬様はお留守番で?」
「お店には連れて行けないもの。パーカーよろしくね」
「はい、お嬢様」
威嚇するシャーベットを遠ざけるように腕を伸ばしながらパーカーは応える。
「それじゃ行こうか、お嬢様」
ゴードンはペネロープの手を取ろうとするが、一瞬速くそれを叩き落としたパーカーはゴードンに「くれぐれもお早いお戻りを」と笑顔を向けた。
勿論その目は笑っていなかったが。


「パーティーまでいかないけど、ある程度しっかりした格好よね?やっぱりシャツじゃないかしら」
「Tシャツで行く訳にはいかないか。シャツにパンツに…ネクタイはどうする?」
「少し堅すぎない?」
数種類の白シャツをアランに当てながらペネロープとゴードンは話を進める。アランが「白いシャツならパーティーで着たのがあるよ」と口を挟めばゴードンは「わかってないな」と首を横に振った。
「あのデザインのシャツだと浮くんだよ。あれはあくまでもパーティー用。あ、蝶ネクタイはどう?」
「ヤダ。子供っぽく見える」
「実際子供じゃん」
ゴードンが不思議そうに言えばペネロープが嗜めるようにゴードンのアロハシャツを引っ張った。14歳の思春期は難しい年頃なのだ。
「嫌なことは押しつけないの。それよりアラン、ベストとサスペンダーならどっちが好きかしら」
ペネロープが微笑めばアランは機嫌を直したように顔を上げたが、迷うように首を傾げた。
「ペネロープはどっちがいいと思う?」
「両方着てみなよ」
ゴードンはアランの腕を掴むと試着室へ引っ張って行く。その手には白シャツとグレーのパンツとネイビーのパンツ、それぞれのベストとサスペンダーを持っていた。
「強引なんだから」
ペネロープは呆れたように言いながらも2人の後をゆっくりと追った。

「大人びて見えるのはベストかしら」
「うん、でも背伸びしてる感が強い」
「そうね。アラン、サスペンダーに変えてくれる?」
ペネロープの指示にアランは口には出さねど(また?)というようにゴードンを見た。先程からパンツを履き替えたりベストを着たり脱いだりサスペンダーを着けたりと忙しいことこの上ない。こだわりが強いペネロープとゴードンだからこそ、妥協はしたくないのだろう。
「アラン、これ着てみて」
ゴードンが差し出したのはカジュアルなジャケット。徐々に疲れが見え始めたアランが袖を通すとゴードンとペネロープは顔を見合わせて「違うな」「そうね」と頷き合った。
「ベタだけどサスペンダーにハンチングなんてどう?」
ゴードンがアランの頭にハンチングを被せると、咄嗟のことにアランは小さく「うわっ」と慌てて頭を押さえた。
「よく似合うわ。良家の子って感じで品があるわね」
「え、そう…?」
ペネロープに褒められ、満更でもない気持ちでアランは鏡に向き直った。
「悪くないね。英国風だ」
ゴードンの反応も悪くない。
「じゃあこれにする!」
アランが嬉しそうに言えば、ペネロープは「次はそれに合う靴を選びましょう」と当然のように提案をする。
(まだ続くんだ…)
アランは自分が頼んだ手前、嫌な顔も出来ない。いや、実際選んでもらえることは本当にありがたいのだ。自分一人ではハンチングなんて選ばないだろう。ただ、着せ替え人形に少々疲れたのも事実。
「アラン?どうしたの?」
「ううん!靴だよね!楽しみだな、ありがとう!」
アランが元気よく答えればペネロープは優しく瞳を細めた。それは弟を見守るような姉の眼差しだった。
「靴を選んだらパンツの裾も調整しましょう。あと色も考えないと」
「あ、うん…」
まだまだ終わらないコーディネートにアランの頬が少しだけひきつった。


「ありがとうペネロープ。君のお陰でいい買い物が出来たよ」
「どういたしまして。とても楽しかったわ」
店の前でFAB1を待ちながらゴードンとペネロープは満足そうに話していた。
「またご一緒したいわ」
「いいね!今日のは予行演習だ。次は僕達の子ど……」
「お待たせしました、お嬢様」
いつの間にかゴードンの背後に回ったパーカーがペネロープに声をかけた。その右手はゴードンの肩を掴みギリギリと締め上げる。
「パーカー!待って痛い痛い!外れる!」
「おやおや、ゴードン様はジョークがお上手で」
「パーカー、お止めなさい」
「はい、お嬢様」
ようやく手を離したパーカーをゴードンは涙目で睨むがパーカーは何処吹く風だ。
そこに店員から商品を受け取ったアランが店から出てきた。ほくほくとした表情にパーカーは柔らかく微笑んだ。
「いい物は見つかりましたか?アラン様」
「うん!ペネロープが選んでくれたんだ」
「それは何より。それではお嬢様行きましょうか」
「ペネロープありがとう!パーカーもまたね!」
FAB1に乗り込むペネロープにアランは大きく手を振った。そこに痛みに蹲っていたゴードンが立ち上がるとペネロープに駆け寄った。
「ペネロープ、今度はアラン抜きでデートしようよ」
「お嬢様、しっかりお掴まりを」
ペネロープの返事の前にパーカーはFAB1を急発進させる。慌てて身を引いたゴードンはみるみる小さくなっていくFAB1を悔しそうに見送った。

しかし振り返るとアランが嬉しそうに紙袋の中の商品を覗き込んでいる。その顔を見たゴードンは(ま、いっか)と苦笑いを浮かべた。
「僕達も帰るか」
「うん!お土産買って帰ろうよ。この先にケーキ屋さんあるんだって。ほら、スコットが好きな…」
後半小さくなった声にゴードンは声を上げて笑う。来る時の約束を覚えていたのだろう。
「確かチーズケーキだっけ」
「違うよ。スコットが好きなのはガトーショコラ」
「そうだっけ」
ゴードンはアランの頭を乱暴に撫でると「よし!出動だ」とケーキ屋に向けて走り出す。その後ろをアランも「FAB!」と子犬のように続いた。

- 133 -
[*前へ] [#次へ]
戻る
リゼ