月と純粋

「月の裏側では黒ウサギと白ウサギの血を血で洗うような戦が続いている」
至極真面目な顔で言い出したゴードンにラウンジは静まり返った。

今日はテイラー大尉がトレーシー島に遊びに来ていて、ラウンジでコーヒーを楽しみながら和気藹々と話をしていた時の出来事だ。
「ゴードン、お前な…」
またいつものジョークだろう。
だが、よりによって月の専門家であるテイラー大尉の前で言うとは、とバージルは頭を押さえた。
しかし大尉は気分を害するどころか、驚いた顔でゴードンを見ると「よく知ってるな」と言ったのだ。
それに驚いたのはバージルだけではない。アランもポカンと口を開けて大尉とゴードンを交互に眺めた。
「ジェフから聞いたのか?いや、アイツは息子を巻き込むような真似はしないはずだ」
考え込むように顎を撫でる大尉にゴードンは悪戯な視線をジョンに走らせた。それを見た大尉はジョンを見てニヤリと笑う。
「なるほど、宇宙の専門家はお見通しって訳か。だがお前達は賢い子だ。わかっていると思うが外でベラベラと喋るんじゃないぞ」
「もちろん」
「わかってますよ」
当然と言わんばかりに視線を交わすゴードンとジョンに対して、バージルは慌てたように話を遮った。
「大尉!大尉が言うと本当っぽく聞こえるんですよ。アランが信じそうだからその辺にしてください。ジョンとゴードンも悪ふざけが過ぎるぞ!」
実際バージルの隣にアランは半信半疑といった顔つきだった。

「でも今まで月でウサギなんて見たことないよ」
アランがおずおずと言えばゴードンは当たり前だと言うように手を払った。
「それはそうだよ。黒ウサギと白ウサギの戦は1000年戦だ。人間が宇宙で活動するようになってからは地底での戦いに移行してる」
「地底でも戦なんてしてたらわかるに決まってるじゃん!どうせいつものゴードンのつまらないジョークだよね」
「僕のジョークがつまらないかは後で話し合うとして…、ウサギ達だってバカじゃない。流星や日食、月食といった月に注目が集まる時は休戦協定が結ばれているんだ。アランは何もない時に月の裏側を見に行ったりするか?」
「それは…」
思わずアランが口ごもると、そこに大尉が割って入った。
「そこまでだ。世の中には知らなくていいこともある。アレックスは知らないままでいい」
「アランです」
今まで黙って聞いていたスコットが思わず口を挟むが大尉は聞こえないふりでアランをジッと見つめる。見かねたバージルが耐え兼ねたように口を挟んだ。
「もしそれが本当なら月面ステーションで活動していた大尉は巻き込まれていたはずじゃないですか」
「俺とジェフはビザを持っていたからな。ウサギ達だってビザを持った地球人を襲うほど野蛮じゃない」
「ビザって…。誰が発行するって言うんですか?」
「もちろん灰色ウサギだ」
「灰色ウサギ…」
新しく出てきた単語にバージルは言葉を失った。
もう何が本当なのかわからない。
「いいか?灰色ウサギっていうのは…」
「大尉」
ゴードンは大尉に呼び掛けると、自分の口に人差し指を当てた。それを見た大尉は咳払いをすると「少し喋り過ぎたな」と口を閉ざした。

何とも言えない空気がラウンジに漂う。
それを破ったのはアランの「ちょっと出かけてくる!」という宣言だった。
どこに行くかなんて一目瞭然だ。
バージルは気にしないふりをしつつも「僕も一緒に行くよ。ほら、何かあった時の為に」と言い訳のように言いながらアランの隣の黒イスに座った。

2人の姿が地下に消えるとゴードンと大尉は無言でハイタッチをする。それを見たスコットは呆れたように「あまり弟をからかわないでください」と嗜めるように大尉に言った。
「からかう?」
「黒ウサギも白ウサギも1000年戦もファンタジーもいいところです」
「って、言ってますよ。大尉」
スコットの言葉にゴードンは意味深に大尉を見た。同意するようにジョンも頷けば、スコットは僅かに動揺したように視線を揺らした。
「スヴェン」
「スコットです」
「スコットよく聞け。お前さんは少々頑固なところがある。自分が見たことないもの、聞いたことのないものを端から信じないのは悪い癖だ」
「だからってウサギの戦なんて…」
「それなら自分の目で見てきたらいい」
大尉が促すようにサンダーバードへの搭乗口を指差す。
スコットは少し悩んだが、踵を返すと搭乗口に走った。


サンダーバード3号が青空を切り裂いて飛んで行く。
それをラウンジから見送った大尉は「純粋な奴らだな」と意外そうに言った。
「大尉もゴードンも悪ふざけし過ぎです」
「ジョンも同罪だよね」
ゴードンが楽しそうに笑えば、ジョンも苦笑いで肩を竦めた。
「さて、どんな顔で帰ってくるか。俺は先にお暇するよ。兄弟喧嘩に巻き込まれるのは御免だからな」
「ここまで来てそれはないですよ、大尉。責任持って最後まで見届けてってください」
「パパの話も聞き足りないからね」
大尉の両肩をジョンとゴードンが押さえる。
「仕方ない」
大尉は口ではそう言いながらも、親友の息子達を振り返ると楽しそうに笑うのだった。
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