平和な休日

「ジョン、ここはどういう意味?」
「アラン。勉強するのにその格好はどうなんだ?」
ジョンのベッドに寝転がり腹這いになって端末を覗き込むアランにジョンは微かに眉を顰めて言った。
「いいじゃん、勉強してるんだから」
「今のお前に必要なのは勉強だ。そんなに威張って言うな」
ジョンに重ねて言われたアランは渋々といった様子でベッドに起き上がった。
「これでいい?」
「あぁ、いい子だ」
「子ども扱いしないでよ」
起き上がったアランの隣に座ったジョンがアランの頭を撫でれば、アランはその頬を可愛らしくぷくっと膨らませた。そんな様子が子ども扱いされる理由の1つだと気づかないアランにジョンは笑いを噛み殺した。
「ジョン?」
「どこがわからないって?」
訝しげなアランにジョンは澄ました顔でアランの端末を横から覗いた。
「ここはこうして…」
「あ、そっか!」
ジョンが説明をすればアランは瞬時に理解したように手を叩いた。アランの理解度は悪くない。寧ろ頭の回転や応用力、発想力は上位レベルだ。だからこそ14歳という若さでiRに所属し、サンダーバード3号の専属パイロットとして活躍出来るのだろう。
問題は勉強に対する集中力が続かないことだ。
「今日の分は終わった!ジョン遊ぼうよ」
アランは言うが早いが端末を手で払って消した。
「アラン」
「……ダメ?」
アランは母犬の様子を伺う子犬のような瞳でジョンを見上げた。
「進められる内に進めておこうっていう気はないのか?」
「ない。せっかくジョンが家にいるんだよ?勉強なんていつでも出来るじゃん」
「出来てないから昨日から付きっきりで教えているんだろ。少しは自覚しろ」
ジョンの言葉にアランは小さく唸りながら、端末に手を伸ばしては引っ込めるを繰り返していた。まるで不満そうな子犬だ。
「ねぇ…ダメ?」
アランの指がジョンの袖口。掴むと遠慮がちに引っ張った。その控え目な仕草にジョンは思わず苦笑いを浮かべた。これが末っ子の甘え力なのだろうか。長男ならきっとなんでも言うことを聞いてしまう程の破壊力だ。
「わかったよ」
ジョンが言えばアランはパッと顔を輝かせた。
自分もアランには甘いなとジョンは腹の中で呟いた。


「それで何をしたいんだ?」
「最近はゴードンとテニスしてるよ」
「却下だ。この前それで花瓶を割ったのを忘れたのか?」
「もちろん覚えてるよ。あれからラウンジじゃやってないから」
「当たり前だ。そもそもラウンジでやるな!」
その時のことを思い出してジョンは頭を押さえた。
大きな音にジョンが家のラウンジに通信を入れると、そこにはラケットを手にして呆然とするゴードンとアラン、割れた花瓶と散らばった花が目に入った。床も水浸しで、よりによって硬球が所在なさげに転がっていた。
何が起こったのか一目瞭然だが、脳が理解することを拒んでいる。どこの世界に室内で全力テニスをする者がいるのだろう。
音を聞きつけたバージルとおばあちゃんがやって来たのでジョンは無言で通信を切ったのだが、そんなことがあったのにテニスを勧めてくるアランを「全然反省してないな」と睨めば、アランは慌てて「してる!反省してる!」と手を振った。
「今日はあまり動きたくない」
「じゃあゲームしようよ!ゾンビとシューティングだとどっちがいい?」
「その二択しかないのか?」
ジョンが聞き返すとアランは小首を傾げ「後はレーシングと……あ!シーマンもあるよ!」と言った。シーマンとは喋る博識な人の顔を持った魚と会話をしたりするシミュレーションゲームだ。
「何でそんなゲームがあるんだ?」
「ゴードンが買ってきた」
「だろうな。相変わらず魚なら何でもいいんだな」
「でももう飽きてたよ」
そんなことを話していると、その会話を遮るようにアランの腹の虫が大きく鳴った。
「ゲームの前におやつにするか」
「うん!」
アランはジョンの手を掴むと引っ張るようにキッチンに急いだ。

※※※※※

今日のおやつはホットケーキ。
「宇宙ではあまり食べられないもの」とジョンがリクエストしたからだ。その中でアランが作れるものとなればホットケーキしかなかった。
「熱々のホットケーキにバターとハチミツ乗せたらおいしいよ」
「作れるのか?」
「混ぜて焼くだけだけだから大丈夫!ジョンはそこで見てて」
今朝、重力を誤り牛乳パックを床に落としたことを言っているのだろう。牛乳パックに牛乳はほとんど残っていなかったが、ごく自然に牛乳パックから手を離したジョンに朝食の場は騒然となった。
「もう大丈夫だ。少し間違えただけだ」
憮然とした様子のジョンにアランは「じゃあ一緒に作ろう」と笑顔を見せた。

ホットケーキの粉をボールに入れる。
目分量のアランの横でジョンは計量カップで量りボールに入れ直す。
「ジョン、きっちりしてるね」
「目分量で作るものじゃないだろ」
「水っぽくなったら粉を足せばOK!」
「おばあちゃんの作り方に似てるな…」
ジョンは末っ子の嫌な成長の予感に肩を竦めた。
ホットケーキの粉が入ったボールに卵と牛乳を入れて混ぜていく。熱したフライパンにお玉で掬ったホットケーキのもとをトロリと流し込む。少し歪な丸も手作りならではだろう。フツフツと気泡が出来てくると、アランとジョンは顔を見合わせて笑った。


暖かな陽が射し込むラウンジ。
格納庫で各機のメンテナンスを終わらせたスコット・バージル・ゴードンはラウンジのソファーで肩を寄せ合うように眠るジョンとアランを見つけた。手にはゲームのコントローラー、目の前の画面にはシーマンと呼ばれる魚が悠々と泳いでいた。
テーブルの上には食べ終わった空の皿とフォーク。皿に残ったハチミツにゴードンは「ホットケーキだ」と呟いた。その声も2人を起こさないように小声だ。
スコットは「ゆっくり出来たみたいだな」と弟達の穏やかな寝顔を見ながら青色の瞳を優しく細めた。
「僕もホットケーキ食べたい。バージル作って」
「何で僕が」
「お、いいな。僕の分も頼むよ」
「だから…」
「大きな声を出さない。ジョンとアランが起きちゃうから」
ゴードンは笑いながらバージルの背中をキッチンに向けてグイグイと押した。その後ろにスコットも続く。

静寂が戻ったラウンジで、アランは口元に笑みを浮かべると幸せそうにジョンにすり寄った。
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