遊びに行こう

「これから遊びに行っていい?」
すべてはアランの一言から始まった。
「これから?課題は終わったのか?」
「もちろん!」
ホログラムのアランが得意気に胸を張る。とは言え提出日は明日なのだから得意気になられても、寧ろ終わってないと困るんだけどな、とジョンは腹の中で呟いた。
アランを待たせたままモニターでレスキュー状況を確認する。幸い全体的に落ち着いていて、強いて気になると言えば海底調査艇だが、ゴードンとバージルが家に待機をしているのなら問題はないだろう。
「わかった。来てもいいけど長居はするなよ」
ジョンの言葉にアランはガッツポーズをすると「急いで行くよ!サンダーバードare goって言うより速くね!」と通信を切った。
「ジョン、アランが来るの?」
「そうみたいだ。賑やかになりそうだな、EOS」
ジョンはEOSを見上げると穏やかに笑った。
EOSも応えるように緑色のライトを点滅させた。

「おい、何でスコットも一緒なんだ?」
エアロックから姿を見せた末っ子の後ろに長男を見つけるとジョンはアランを手招きしてそう尋ねた。
「聞こえてるぞ、ジョン」
スコットはヘルメットを外すと苦笑いでジョンに向き直った。
「僕が来たら迷惑か?」
「驚いただけだよ。抜き打ちチェックかと思って」
「ジョンの仕事は全面的に信頼しているよ。チェックなんて必要ない。それにEOSもいるからな」
スコットはEOSに女性にするように微笑んだが「あぁ、でも…」と一転ニヤリとジョンに向けて口の端を持ち上げた。
「腐ったベーグルのチェックは必要かもな」
「嫌味を言いに来たなら帰ってくれ」
ジョンが不機嫌そうにスコットのヘルメットを投げれば「手厳しいな」とスコットは眉を下げた。
「ジョンに会いに来ただけだよ。アランと一緒だ」
「そう言えばアランはどこだ?」
スコットと話している間に気づけばアランがいなくなっている。EOSが「ベーグルを食べに行った」と言えば、その自由な末っ子に頭を押さえながらジョンは慌てて後を追った。

1人ならなんとかなる来客も2人となれば話は違う。それもスコットとアランとなれば。
アレはなんだ?コレはなに?喉が渇いた。居住区に遊びに行っていい?おい、食べかけのベーグルが落ちてるぞ。お腹空いた。お、チェスをやってたのか。遊ぼうよ!
左右から絶え間なく話しかけられ、もともと静かな空間を好むジョンの頭が痛み出すのにそう時間はかからなかった。
「…帰ってくれ」
「つれないこと言うなよ。さっき来たばかりじゃないか」
「そうだよ!」
アランがジョンの背中にへばりつく。そのまま逆さまにジョンの顔を覗き込めば、ジョンは思わず溜め息を吐いた。
「長居はするなって約束だろ」
「15分は長居って言わないよ」
「僕の中では言うんだよ」
ジョンの言葉にアランは「えー?」と不服そうに口を尖らせた。そのやり取りの影で「お隣さんとは15分以上遊んでたのにな」とスコットが言えばジョンはスコットを睨んだ。
「帰れ」
冷たいジョンの声にスコットは誤魔化すように両手を広げてみせた。
「アランもスコットと一緒に帰れ」
「えー!まだ全然遊んでないのに?」
「EOS、2人を外まで送ってくれ」
ジョンの声にEOSが動けば、スコットとアランは慌ててヘルメットを被った。
「わかった、帰るよ」
「その代わり今度遊びに行こうね!」
「はいはい」
スコットとアランの言葉にジョンは適当に返事をすると追い払うようにメインモニター室のドアを閉めた。
その向こう側でスコットとアランが「作戦成功」と言わんばかりに拳を突き合わせているとも知らずに。

※※※※※

「…寒い」
青色にライトアップされた店内でジョンはコートの前を手で合わせながら小さく呟いた。目の前の席には同じくコートを羽織ったスコットが熱々のカップでコーヒーを飲んでいる。アランは席におらず、冷たいクリームソーダだけがテーブルに置かれていた。
「何でペンギンカフェなんだよ」
「アランがペンギンを見たいって言うから」
スコットは事も無げに言うと、通りすがりのスタッフを呼び止めフォンダンショコラを注文した。天井も含めカフェ全体を取り囲むように水槽が配置されていて、ペンギンが悠々と泳ぐ姿や氷の上で寛ぐ自然の姿を見れるというのが店のコンセプトだった。
「だからと言って店内まで冷やす必要はないだろ」
ジョンの吐く息は白い。
「ペンギンと少しでも同じ環境を共有して欲しいとネットには書いてあったな。でもこの水槽の向こう側はもっと寒いんだ。このくらいで済んで良かったと思えばいい」
スコットの言葉にジョンは冷えたカフェオレを口に含んだ。

今日はアランの学校の日。
半日で終わると言うのでスコットが迎えに行ったのだが、ジョンも一緒にと誘われたのだ。勿論最初は断ったが、前回サンダーバード5号で「今度遊びに行こう」に了承したじゃないかと言われ、渋々同行したのだ。
その行き先がペンギンカフェ。
アランは一匹のペンギンが気に入ったようで氷の上のペンギンを飽きずに眺めていた。
「寒い」
ジョンが暖をとるように両手でカップを包み込んでいるとスコットは自分が嵌めていた皮の手袋を外してジョンに手渡した。
「相変わらず寒がりだな」
スコットが軽い口調で言うとジョンは手袋を嵌めながらムッとしたように眉を寄せた。普段気温や湿度が一定のサンダーバード5号で過ごしている分、確かに気温の変化に強い訳ではないが、それを虚弱のように言われるのは心外だって。
「こんなところに連れて来られるとは思ってなかったからね」
「『温かい格好で』と言っただろ」
「氷点下のカフェなら先にそう言うべきじゃないか?」
ジョンの恨み言にスコットは手袋に続いてマフラーも差し出した。ここでジョンに風邪をひかれても困る。スコットの体温が残る手袋とマフラーにジョンは不機嫌そうな眉間の皺を少しだけ緩めた。
スコットがフォンダンショコラを、ジョンが熱々のアヒージョを食べているとようやくアランが席に戻ってきた。
「2人ともおいしそうなの食べてる!」
負けじと追加注文しようとメニューを開くアランにジョンは「お前はまずクリームソーダからだ」とアイスも氷も形を少しも変えていないクリームソーダを目の前に置いた。
この寒さの中でアランは薄着にも関わらず元気にクリームソーダを食べている。見ている方が寒くなりジョンは思わず視線を天井を泳ぐペンギンに向けた。久しぶりに見る映像ではない生のペンギンにジョンは思いがけず楽しんでいる自分に気づいた。

「ジョン、何か飲むか?」
スコットがメニューを開いて渡す。
さりげなくホットメニューのページなのはスコットの優しさだろう。しかし隣から伸びてきたアランの手がペラリとページを捲ると「この『白熊』ってかき氷がお勧めなんだって!これにしなよ」と大きなかき氷を指差した。色とりどりの果物が乗ったかき氷は夏場に食べるなら、さぞおいしいだろう。しかしここは氷点下のカフェだ。ジョンは腕の端末でレスキュー案件がないことを確認してから「ホットワインにする」とスコットに言った。
どうせ帰りの操縦はスコットだ。
その気持ちが伝わったのかスコットは(僕だって飲みたいのに)と言わんばかりの目でジョンを見返した。
「じゃあ僕は白熊にする」
「アラン、帰りの操縦したくないか?」
「え?うん、別にどっちでもいいけど」
「スコット!」
ジョンがスコットを嗜める。スコットは肩を竦めるとスタッフに「白熊とホットワイン、それにホットコートを」と注文をした。

「楽しいな」
シャクシャクとかき氷を崩しながらアランが言う。「そんなにペンギンが好きだったのか?」とジョンが意外そうに聞けば、アランは首を横に振った。
「こうやって遊んでるのが楽しいんだ」
年相応の無邪気な言葉にスコットとジョンは顔を見合せた。
「そうだな」
先に口を開いたのはスコット。
「家とレスキューだけじゃ視野も狭くなる。また来よう。ジョンもいいだろ?」
「あぁ、いいよ。でも次は暖かいところがいい」
「それならコアラカフェがあるよ!これから行く?」
アランが身を乗り出した拍子にかき氷からパイナップルが下の受け皿に落ちた。
「また今度な」
ジョンはそのパイナップルを拾うとアランの口元に持っていく。弟達のやり取りにスコットは微笑ましい気持ちでコーヒーカップを傾けた。

3人の頭上をペンギンが悠々と泳いで行った。

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