年末恒例大掃除

※ゴードン視点

今年も残すところ数日。
年末にも関わらず珍しくレスキュー案件が落ち着いている今日は年末恒例の大掃除をすることになった。大掃除とは言っても掃除する箇所はそれぞれのサンダーバード。今年一年のお礼と来年もよろしくって愛機に伝える大切な行事なんだ。いつものおばあちゃん発の大掃除とは違い、それぞれが足取り軽く格納庫へ向かって行った。
もちろん僕もね。

とは言っても日常的な掃除はお掃除ロボットがやってくれる。ルンバをもっと高性能にした感じのお掃除ロボットが外装を掃除してくれるんだ。
だから僕達が行う大掃除はそのお掃除ロボットが手の届かない箇所やコックピット。
僕は早々に4号の掃除を終わらせると他の兄弟の所へ遊びに行くことにした。
あ、手伝いじゃなくて遊びにね。
指で窓枠をツツーってやって「こんなに埃が…」って言いながらフッて吹くのやりたいんだ。
え?それよりちゃんと4号の掃除はしたのかだって?心配ご無用。そこは完璧だよ!
なんたって4号は機体が大きくないからね。それに汚すのは僕だけってところも大きい。自慢じゃないけど4号内は整理整頓されてるんだ。床にポイ捨てされてるスナック菓子の袋を拾って掃除機をかければ、ほら完璧!僕に必要な大掃除はサンダーバードじゃなくて自分の部屋だと思うよ。言わないけどね。
「これからもよろしく」
僕は4号の鼻先にキスをした。

※※※※※

さて、どこに行こうか。
さっき5号に「ちゃんと掃除してる?カビたベーグルは回収するんだよ!」って煽り気味に通信を入れたら舌打ちと共に切られたんだよね。追撃で5号に行くって手もあるけど多分入れてもらえないんだろうな。僕だって貴重な平和な時間を宇宙でエアロックを叩いて過ごすなんて嫌。
かと言ってバージルのところに行くのも手伝わされそうで嫌。
とりあえず安全そうなスコットと1号のところに行くことにしよう。


スコット、1号の大掃除終わってました。
ブレインズと一緒にアップデートしてました。
「掃除した?」
「したよ。そんなに汚れないんだ」
あー、そうだよね。1号はいつも最速でレスキュー現場に行くから機内で飲食する時間なんて無いもんね。それにスピード狂だから機内の備品もしっかり収納・固定されている。飛行中に後ろから物が飛んできたら一大事だから。
1号は汚れよりもスコットの無茶な操縦で破損する方を気にした方がいいよね!って笑顔で言ったら睨まれた。お前が言うなってこと?こわーい。
ブレインズは可動式の研究室で1号のアップデートに夢中で相手してくれないし、MAXは両手にモップを持って手当たり次第に拭きまくってる。一応ブレインズの可動式研究室のデスクを指でツツーってやってみたけど塵1つ付きませんでした。
「ゴードン。ふらふらしてるならバージルの手伝いに行ったらどうだ?普段輸送してもらってるだろ」
「それが嫌だからふらふらしてるんだよ」
ドヤ顔で言えばスコットは「お前なぁ…」って咎めるような困ったような声で眉を下げた。
「それならここの手伝いをしてくか?」
「アハハ!もっと嫌」
僕はヒラヒラと手を振ると逃げるようにサンダーバード1号から後退った。ここにいたら本当に手伝わされそうだからね。
去り際にブレインズの可動式研究室のデスクに置かれていたチョコレートバーをポケットに忍ばすことは忘れずに。


チョコレートバーを片手にサンダーバード3号に向かう。
見上げるとやっぱり大きいなって思う。まぁ、お腹のところにポッドや4号が格納できるんだから当たり前か。
簡易エレベーターに乗って搭乗口まで行くとコックピットを掃除するアランの姿が見えた。真面目にやってるみたいで結構結構。そんなことを思っていると僕の視線に気付いたのかアランが振り返った。そしてその可愛い顔を不機嫌そうに顰めた。
「なに?」
「ゴードンがこの前食べ散らかしたチーズの掃除が大変なんだけど!」
「えー?そうだっけ?食べ散らかす?僕が?記憶に無いなぁ」
あからさまに惚ければアランの口が益々尖る。本当にこの末っ子は可愛いね。まるでオモチャだ。
「だって無重力空間で食べるの難しいじゃん」
チーズだって粒状になって出てくるんだよ。全部を口で受け止めるなんて出来ないって。
そんな言い訳をしながらチョコレートバーの銀紙を剥いてはポロポロ下に落としていたら「ゴードン!」って怒られた。
誰だって愛機を汚されたら怒るよね。うんうん、その気持ちわかるよってチョコレートバーを食べ続けてたら口の端から大きなチョコの塊が床に落ちた。
「ゴードン!邪魔しないで!」
「ごめん、悪かった」
アランが泣きそうな剣幕で怒鳴るから僕は慌てて簡易エレベーターに飛び乗った。ここでアランを泣かせたら夕飯抜きにされそうだからね。
残りのチョコレートバーを口に入れると包み紙を丸めてジーンズのポケットに押し込んだ。

何となく5号に通信を入れてみるも相変わらず出ない。兄弟を着信拒否って酷くない?緊急用の回線を使えば出るだろうけど、流石にそれはやっちゃダメ。その位の分別はあるよ。大人だからね!

※※※※※

そんな訳で再び手持ち無沙汰。
喉も渇いたし仕方ないからバージルのところに行くか。歩きながら広い格納庫を見上げる。今年も色んなことがあったなぁ。レスキューとか救助者とか妨害者とか。
パパは元気かな?寒くない?お腹は空いてない?明日の朝起きたら普通の顔でデスクに座ってたりしないかな。そんな感傷に浸りながら歩いていると気付けば2号は目前だった。
軽く頬をつねって笑顔を浮かべる。
笑ってないと福も来ないって言うもんね!
やっぱり僕には笑顔が似合うから。

「バージル、飲み物ちょうだい!」
だからとびきりの笑顔でコックピットに上がったのに、バージルに低い声で「お前、この前ここで何食べた?」と睨まれた。

待っていたのは福じゃなくて鬼でした。

「えー?そんな睨まれるようなもの食べてないよ。あ、ポテトチップスは食べたけど」
レスキュー後に小さな子がお礼だと言ってくれたポテトチップス。断るのも悪いと思ってそのままもらって食べながら帰って来たはずだ。でも食べきれなくてダッシュボードの中に入れといたような…。
ダッシュボードの中では砕けたポテトチップスが縦横無尽に飛び散っていて、その油の惨劇に思わず「うわぁ…」という言葉が飛び出した。
「何か言うことは無いか?」
「もったいない事しちゃった」
素直な感想を口にするとバージルは大きな溜め息と一緒に「もういい」と言った。
もういいなら、いっか!「水もらうね」と一言断ってからペットボトルを1本取り出す。チョコレートバーで渇いた口内が潤っていく感覚が心地よくて一気に半分程飲み干すと、バージルが掃除をする様子を眺めた。
ダッシュボードの中を小型掃除機で吸ってから雑巾で拭いている。僕はその背後からダッシュボードを覗き込むと、扉の仕切りにツツーっと指でなぞって「まだこんなに油が…」と言ってみたんだ。
「お前のせいだろ!」
「うわ!ごめん!」
振り向き様に胸ぐらを掴まれれば思わず声も上擦るし目も泳ぐ。バージルはそれ以上何も言わずに掃除に戻ったけど。
あー、ビックリした。

バージルはダッシュボードの掃除を終えると綺麗なタオルで窓ガラスを拭き始めた。
「そこまだ汚れてるよ。そっちじゃない。左側、あっ、行きすぎた」
「うるさいな。口を出すなら手伝え」
「ヤダ」
「手伝え」
「ヤダ」
「手伝え!」
「ヤーダ!」
僕に手伝う気がないのを察したのか再びバージルの溜め息。溜め息吐くと幸せが逃げるよって言ったら「深呼吸だよ」だってさ。「怒りを落ち着かせる為に」なんて酷い言い草だ。まるで僕が怒らせてるみたいじゃん。
「せめてゴミだけでも捨てて来てくれ」
バージルに手渡されたゴミ袋。
(ま、いっか)
心の中で呟くと僕は素直にコックピットを後にする。だってあそこでヤダヤダごねてたら叩き出されそうだったからね!

※※※※※

「スコット、ゴミ回収に来たよ!」
ワイヤーを使って1号の上の方にいたスコットに向かって声を張り上げる。
その横からブレインズに「僕のチョコレートバー知らない?」と聞かれたけどそこは曖昧に濁す。ブレインズは天才だから僕の返事に何かを察したように「まぁ、いいけど」だって。ありがとう。優しいね。
「体調は大丈夫かい?あれはまだ試作品だから副作用が出たら早目に言ってくれ」

え?待って待って。
すごい怖いこと言ってない?

言われてみればお腹の調子が悪い気がしないでもない。それとも微かに感じる胸の痛みだろうか。急に感じた関節痛?熱もあるような気がする。
「ブレインズ!あれ何が入ってたの?!」
慌てた様子の僕にブレインズは眼鏡の奥の瞳を僅かに細めると「冗談だよ」と言ったんだ。
「本当?」
「本当だよ。ただのチョコレートバーだ。でもこういう事もあるから持ってく時は一声かけるように」
「うぅ…ごめん…」
やっぱりブレインズは一枚も二枚も上手だ。敵わないね。
僕が脱力してると上の方から「ゴードン、何か言ったか?」とスコットの声が降ってきた。もう正直ゴミとかどうでもいい。
それでも一応「ゴミ回収に来た」と言えば「助かる。そこにゴミ箱出しといたから捨ててくれ」とスコットが指差した。

スコットの指の先にはサンダーバード1号内にあるゴミ箱だ。ゴミ箱の中は他愛ないゴミ達。痛み止の空箱があるのがちょっと気になるけど。
僕はあるものを見つけるとスコットに聞こえるように声を張り上げた。
「ええ!スコット、1号の中でこんなことを…!!」
「ん?何かあったか?」
不思議そうなスコットを無視して「流石にこれは……アランが知ったら…」と独り言のように呟く。すると「おい、待て!それ以上触るな!」とスコットの慌てた声と共にワイヤーを伝って床に降りてくる音が響いた。
あれ?何かやましい心当たりでもあるのかな?
スコットの近付いてくる足音を聞きながら僕は笑いを噛み殺す。
「何を見つけた?」
焦りを抑えた声に僕はニヤリとパックに入った栄養ゼリーのゴミを見せた。
「は?」
「いやー、世界最高速度のサンダーバード1号の飛行中に栄養ゼリー飲むなんてすごいなーって思って。アランが知ったら驚くだろうなって」
スコットの虚を衝かれた顔に顔を近付けると耳元で囁く。
「あれー?見られて困るものでもあった?」って。
「まさかスコットに限って……痛ッ!」
思い切り叩かれた頭を押さえる。
痛いなぁ。本気で叩くことないじゃん!
「悪質なイタズラは止めろ」
「心当たりが無い人は動揺しないはずなんだけど!」
「まだ言うか…」
スコットは僕の両頬をギリギリとつねる。
痛いって!本当に痛いやつだから!
スコットの手を振り払おうとバタバタ暴れていると、急に僕とスコットの通信機が同時に光った。浮かぶホログラムはおばあちゃん。
「みんな休憩しようじゃないか。ラウンジにおやつがあるよ。ジョンも降りておいで」
それだけ言って一方的に通信は切れた。
「おやつだって」
「鬼が出るか蛇が出るかってとこだな」
スコットは立ち上がると僕とブレインズとMAXにラウンジに戻るよう声をかけた。


おやつを食べたら後半戦だ。
次は誰のところに遊びに行こうかな。

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