添い寝


リナリー・ラビ・アレン、神田・○○が任務先のアメリカにて偶然合流、宿屋探し中。遅い時間であるためにどこも満室で、各々の頭に野宿の文字が浮かぶ頃。街外れの質素な宿屋に空きが3つあるという。


「ツインとシングル2部屋、かぁ。部屋割りどうする? みんな」

「リナリーと○○はツインで良いさ」

「ではシングルはそれぞれ僕とラビで」

「おいモヤシ、喧嘩なら買うぜ」

「私はユウとシングル相部屋で構わないよ。リナリーと一緒も嬉しいけど、ユウだけ外はあまりにも可哀想だから」

「俺に選択権はねぇってか」

「久し振りに一緒に寝ようよ、ね、ユウ」

「……わーったよ」

「じゃあ私はシングルね。ラビとアレンくんは──って、なに、どうしたの?」


部屋割りは順調、と言わんばかりの彼等の様子を前にラビとアレンはリナリーを引っ張り隅まで連れていく。


「いや、ちょっと待ってください」

「『私はシングル』じゃないさ、リナリー」

「でも○○の言う通り、神田だけ野宿は」

「僕の発言のせいです。認めます。
 だとしても、可哀想だからと年頃の男女が狭いベッドで眠って良いわけがないっ」

「そうさ、オレと○○なら分かるけどっ」

「分かりませんよ、バカラビ」

「なんでっ!?」


必死に違和感を訴える姿を苦笑いで見つめるリナリーは、どうしたものかと思案する。


「お前とラビが相部屋?!」

「も、もしもの話! 声大きいよユウ!」

「○○のがでけーよ」


神田と○○の会話に、一同そちらに意識を向ける。「聞かれちゃったっ」と神田の背に隠れた彼女は見るからに赤面していた。


「本人の了承ありですか。まあ、バ神田よりマシか。良かったですね、ラビ……ラビ?」

「ど、どう処理していいか……」

「は?」


硬直したウサギ。決して餓狼の如き鋭い眼差しの神田が彼を見ているからではない。その後ろでちらちらと様子を窺うメスウサギこと○○が理由だ。

下心ありありの先程の発言が、愛しい彼女と一致するとは思いもよらなかったらしい。

──帰るまでが任務だ。誠実なお付き合い。男として。手を出したい。据え膳食いたい。殺気を放つユウが六幻を構えている。キスもまだなのにベッドインッ!!?


「っ、死ねる……っ!」


ラビは頭からボフンッと大量の湯気を出して床に伏した。駆け寄る○○。情けないなと彼を見下ろすアレン。面倒臭そうに舌を打つ神田。「あのー……」と困惑する宿屋の主。

混沌とした場にあってこそ冷静なリナリーが「あっ!」と声を上げた。


「神田の野宿は無しとして、この調子だけどラビと○○が同じ部屋なら、神田とアレンくんが相部屋ってことになるわね」

「リナ、シングルで頼む。○○、とっとと風呂入って寝るぞ。バカは放っておけ」

「ラビは僕に任せてください。運んで安静に寝かせますので、ご安心を」

「あっ、ありがとうアレンよろしくー!」


なんてコンビネーション。神田が○○の手を引き、アレンが倒れるラビを担いで部屋へ向かう。普段もこうだと良いのになぁと笑うリナリーは、宿屋の主に騒いだ謝罪と泊まる旨を伝えて部屋へと足を進めた。




翌日の早朝。颯爽と目を覚ましたアレンはラビを叩き起こし、神田・○○両名の部屋の前で屈んでいた。手には針金。


「おはようございまーす」

「おはようさー……」

「朝から元気無いですね、ラビ」

「言うに及ばず。ユウとはいえ許すまじ」

「年頃の男女が2人きり。狭いベッドで一晩過ごす。何もないわけがないですからね」

「……アレン追い打ち止めて死んじゃう」


涙目を隠すように両手で顔を覆うラビに構わず、アレンはゆっくりと目前のドアを開く。彼等はそーっとベッドを覗き込んだ。


「……」

「……」


高く結わいた艶々の黒髪を下ろして散らした美青年と、三つ編みを解き緩く波打つ金髪の天使が寄り添い眠っている。


「めちゃんこ神々しい」

「同意」


絵画と見間違う美しき寝姿に、しばらく陶然としていた2人が言葉を絞り出した。

すると、んぅ、と黒髪の美青年・神田の眉間に深い皺が寄る。己の腕の中で安らかに眠る彼女に気づくと、その存在を確かめるように頭を撫でる。


「ふ……ふわ、ふわ……」


眉間の深い皺はどこかへ消え、薄く開かれた両の眼に宿った光は柔らかく、○○の額に触れる唇は弧を描く。

明らかに寝惚けている。


「……、すー……」


穏やかな寝息と共に再び眠りに就いた神田を確認し、部屋の外に避難していたラビとアレンが顔を見合わせて頷く。

──怖ぇ!!

超小声に反応する敏感さはもちろん、群れることを嫌う一匹狼の神田が自身とは対照的な○○に気を許し、終いには「ふわふわ」と口にする事実に2人は戦慄する。


「……あ、ああああのユウが……短気舌打ちパッツン不機嫌野郎が……オッケー、オレはなーんも見てない。○○の寝顔だけ……」

「これは神田の弱味、強請のネタに……」

「バカッ! 殺されるぞ!」

「誰が誰に殺されんだ? あぁ?」


げ。と声が揃う。彼等は肩を並べて通路側の壁に後退し、仁王立ちするお目覚めの神田を見上げる。「ふわふわ」から縁遠き鬼の顔。


「人様の寝床に侵入しようとは良い度胸だ。てめぇ等、覚悟は出来てんだろうなぁ!?」

「ちょ、待って、○○が起きます!」

「そうさっ、○○が、ひっ!」


六幻がラビの頬を掠めて壁に突き刺さった。


「一つ、聞く。あいつの寝顔を見たか?」

「○○なら汽車で見られるだろっ!」

「ああ、そうだったな」


もっともな返答に、彼は壁から六幻を抜く。ラビが「九死に一生さ……」と息を吐くその横で、アレンは思わず笑いを漏らした。


「……○○なら、ですけど」


部屋に戻ろうとドアノブに手をかけた神田の動きが止まり、長い髪を揺らして振り返る。

彼等はこりゃまずいと顔を引きつらせた。


「侵入済みかてめぇ等! 叩っ斬るっ!」


3人による命懸けのおいかけっこが、宿屋を騒音に包んでいく朝の6時。


「騒々しくてごめんなさい」

「いえ、良い目覚ましです」


リナリーや主人等は目に入らない。神田が狙うは2匹の紅白オスウサギ。ぎらつく双眸で周囲を見回す狼が、大きく舌打ちをした。


「こ、ここなら大丈夫さ……」

「バレたらやり返しますか」

「なるほど、灯台下暗し」


神田達の部屋にある空っぽのクローゼット。唐突に明かりが差したその中で、抱き合い絶叫する獲物2匹。

もう、逃げられない。




THE END




『ユウ、おやすみ』

『……っ、別に、しなくていいだろ』

『へへ、あなたが幸せな夢見られますようにって、いつも願ってるの。おやすみぃー』


キスされた額を気にしたあと、ベッドに横たわり目を瞑る○○を見る。

同じ男として、彼女を大切に想うラビを思いやるなら、背を向けて眠る方が正しいと理解していた。故に平然と相部屋を受け入れた。

しかし、込み上げるこの感情は──。

はぁー、と深い溜め息を吐くと、横たわった勢いで○○を抱き寄せ額に口づけた。顔は見られないし見せられないなと彼女を胸に押しつけると、籠った声で名前を呼ばれる。


『ユウのおかげで、とっても幸せな夢見られるよ。ありがとう、大好き』

『俺も……』

『俺も?』

『……ぐー……』

『狸寝入りしないでよー、ユウー!』


恋情ではない。友情でもない。
初めて出会ったあの日から育んできたもの。
それは紛うことなき、温もり溢れる家族愛。

だから今は、今だけは、大切な彼女を自分の腕に閉じ込めていたい。



──心地好い眠りを経ての微睡みの中。それを与えてくれる、未だ呑気に眠る○○への言動を、制御出来ていたか自信がないのだ。


「つーか、ユウの寝顔見たってさぁ……」

「そうそう、気にしすぎですよ」

「寝顔じゃねぇよ。記憶抹消が必要なこと、してたろ。多分」

「「んー……ねぇ?」」

「もっかい拳骨落とすぞてめぇ等」



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