クリスマスイブの夜に


クリスマスイブの夜、一松と○○は食事を済ませて公園に来ていた。ベンチに座る彼等は、互いの手を握ったまま白い息を静かに吐く。寒いね、心はぽかぽかだよー、などと微笑み交わす言葉からは別れを惜しむ思いが滲む。


「来週会えるの楽しみにしてる」

「うん。家まで送ってく」

「良いの? チョロくん達に悪いよ」

「散々一緒に居て寂しいも何もないからね」

「ほんと?」

「ぅ……、ずっと会えなくなるのは嫌かな。自分の一部が欠けてしまいそうな……。
 でも君との時間も大切ですし、愛しい子が夜道に1人でなんて気が気じゃないですし」


君がおれより頼もしいのは承知してますけどと彼が付け足せば、彼女の顔は更に綻ぶ。


「ありがとう、とても嬉しいです。お言葉に甘えていいかな、一松くん」

「ぇ、あ、もちろんっ、へへ」

「ん、ふふ。可愛いなーもう」


先程よりも手を絡ませ、2人は夜道を歩く。寒さとは無縁の雰囲気を纏い、来週に思いを馳せる。そして気づいた。来週は一年の中でも忙しい大晦日、元日であることを。


「年末年始は挨拶して帰らなきゃだもんね。お家のお掃除もあるだろうし、男手一つでも欠けたら松代さんにご迷惑かかっちゃう」

「それならうちに泊まればいいよ。おれから伝えておくから」

「あ! ……却って迷惑じゃない?」

「じゃないじゃない。むしろ大歓迎。年越し蕎麦に天ぷら付いちゃう」

「胃もたれするね」

「ね」

「でも美味しそう」

「ん。美味いよ、母さんの料理も」

「あら、一松くんって褒め上手ぅー」

「そりゃ本音だからね。○○の料理も美味い。おれはますます太る」

「抱き心地最高記録を更新するの?!」

「君のが気持ちいいよ、ほら」

「きゃー、ふふ」


イチャイチャ、イチャイチャ。バカみたいにイチャつく2人は、牛の歩みながらようやく彼女の家に着いた。

マンションのエントランス内に消え、20分は経過しただろう。出てこない。一体彼等は何をしているのか。


「何ってナニでしょ」

「っい、想像しちゃっただろ、クソ長男!」

「今夜のおかずが決まって良かったじゃん」

「良くない、ぶっ殺すよマジで」

「あー、やだねー、いつまでもフられた女の子に執着する野郎は。忘れなよ、シコ松」

「だぁぁあ、まわし履いてくりゃ良かった!
 つーかフられてねぇし告ってもねぇしっ、忘れるも何も兄弟の奥さんだからっ!!」

「まだ結婚してないよ、あの2人」

「冷静なツッコミありがとうトド松。お前もスマホ弄ってねぇで少しは加勢しろよ」

「チョロ松兄さんのために検索してあげてるんだよー、今夜のおかず動画。アニメの方がいい感じ?」

「俺に加勢しろや!」

「それはそうとカラ松と十四松は?」

「コンビニにあんぱんと牛乳を買いに走って行ったよ」

「張り込む気満々かっ」

「……満々ってエロいな」

「……虚しいから止めて」

「イブに兄弟の恋人事情を眺めるよりも辛い苦行は無いよね。まずそこから虚しいよね」

「「「……はぁ」」」


そうこう言っている間に張り込み物資調達班が無事帰還。クリスマスイブがクリスマスになる時刻、彼等は茂みで軽食をかっ食らう。


「邪魔、出来なかったね」


そう、トド松の言う通り。彼等はクリスマスという一般人が盛り上がるイベントを憎み、不幸を届けることに全身全霊を注いでいる。

(主にカップル。特に付き合いたて。
 ただし、夫婦や家庭を築いている者はレベルが違いすぎるので除外とす)

しかしこともあろうに、そんなカースト最底辺の松野家六つ子の中でも一番ありえないと思われていた一松が、あの卑屈で一匹狼で闇オーラを常時漂わせる一松が、幸せオーラを放ち素直な思いで女の子と触れ合っている。


「裏切り者には罰でしょ、おそ松兄さん」

「そーなんだけどね」

「ボクには罰で、一松兄さんは見逃すわけ」

「ちょっと訳が違うだろ」

「何が、どう、違うの?」

「思ってたのと違う。だろ、おそ松兄さん」

「うん。今までと全っ然違う」

「だから言ったのに。無駄足だって」


予期せぬ事態。彼が困惑するのも仕方ない。

可愛い子とのパリピイベントで一松がケツを出さないか、不安と期待を抱え見守るなか。

一松がほわほわと花を撒き散らす姿。一松が家族を誇張も貶しもせずありのままを伝え、かつ○○が受け入れ兄弟の話が飛び出ること。家族も恋人も大好きな一松を見つめる彼女の優しい眼差し。

嘘偽りのない真っ直ぐな愛情は、わーわーと喚き妨害したところでそれさえ受け入れられそうなものだったから。


「いや、来て、良かっ、だ……ずびっ……」

「なんっで泣いてんの!? 常々泣きたいのボクなんですけど!?」

「自分を飾らなきゃ邪魔しないんじゃない」

「自意識ライジングには言われたくねーし!
 ありのままの自分を愛されたいんですぅ、なんて頭お花畑なぶりっ子思考ですが!?」

「落ち着け、トド松」

「あぁん!?」

「一松が出てきた」

「一発ぶん殴ってくる」

「あー、今回はあいつが最も荒れてんな」

「止めなくていいの? チョロ松兄さん」

「あれで気が済むのなら良いでしょ」


遠目でも分かるくらいに幸せそうな一松と、ずんずんと進む怒りの化身・トド松。一松は道に立ち塞がったトド松に驚きの声を上げたが、すぐに手に持っていた紙袋を差し出す。あざとさどこへやらな末弟が奪うように取り中を確認すると、彼に勢い良く顔を向けた。


「ありゃ、トッティ戻ってきた」

「泣いてないか?」

「泣いてるね、俺と一緒」

「ドライモンスターでも泣けるのか」


一松に肩を組まれてからかわれながらこちらに戻ってくるトド松を、隠れるのを放棄して迎え入れる。


「兄ざぁん!」

「うわっ」

「え゙っ」

「も、もうおそ松でもチョロ松でも何松でもいいよ、あぁ〜……!」

「みんな居たの。いつから?」

「そ、そりゃまあ、最初から」

「飯くらい誘えば良かったね」

「いや、いやいやいや! 俺でも遠慮する」

「喜ぶよ、○○。あとサンタなり警察官なりの格好してたら余計に。コートって笑い取る気無いでしょ、ナメてんの?」

「ダメ出しィ!? お兄ちゃん、邪魔もせず幸せそうな2人からお裾分けしてもらってたのにっ!? 酷くない? ねえ?」

「一松、トド松に何渡したの? 泣きついて離れないんだけど」

「……なぐ、殴ろうとしたボ、ボクを殴れよ一松兄さんっ! うぅー……」

「さっきからこれ」

「○○からのクリスマスプレゼント。百貨店の超お高い御菓子詰め合わせ。手作りは潔癖なあんたが嫌がるかなって止めたみたいだね」

「……、やけ酒付き合えクソ兄弟!!」

「結果一番荒れるっていうね」



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