笑顔、そして幸(1/2)


彼等の姿がなかった審議所の医務室を出て、左手にしっかりと巻かれた包帯を見下ろしながら歩いていると、憲兵団師団長のナイルと遭遇しました。立ち話をしている場合ではないのですが、彼には話があるようで、「医務室に向かうつもりだったから丁度良かった」と咳払いをひとつ。

彼の話を右から左に受け流しつつ、うんうん頷いていると、真剣な面持ちで審議について話し始めました。エルヴィン、リヴァイ……司令、総統……エレン……そして、ミカサ。彼は彼女の行為──つまり上官への反逆に、理解を示せずにいるようです。


「エレンもそうだが、ミカサも危険だろう。上官に刃を向けるとは……総統は何も仰らなかったが、それ相応の処罰は」

「お断りします」

「エルヴィンはともかく、リヴァイは何も言わんのか?」

「はい。ミカサを止めたのは私の独断です。彼女はエレンを傷つける者から守りたかった……それだけでしょうし、痛み分けですよ。今回ばかりは罪に問う必要は無いかと」


理由と傷を負った者の言葉を聞けば、仕方無いことと片付けるしかありません。それに、ミカサは強い。エレン同様始末に負えない。

彼は視線を落としてすぐ私の目を見ました。彼の眉間に皺が増えています。


「怪我は、どうだ?」

「この程度、可愛らしい仔猫のじゃれあい、みたいなものです」

「引っ掻き傷にしては重いようだが……」

「ふふっ、内地の医者は優秀ですね。止血も包帯の巻き方も手際がよろしい」

「……お前も昔は……」

「それでは、失礼致します」


私が発した「内地」に対し、頼りない小声が聞こえましたが、気にしないことにします。今更、何を言おうが変わりません。己が定めた意志も、己が描いた未来図も、何もかも。


「○○!」


控え室へ向かおうと動かした足を止め、首から提げたペンダントをシャツ越しに握って、振り返ることもせず言葉の続きを待ちます。


「……××夫妻のこと、大変申し訳無く思っている」

「……父は病に臥し、母は首を吊って自殺。あなた達憲兵の責任ではないのでしょう?」

「……っ、それは、そう、だが……」


知っています。あなたが今も父さんの意志を背負っていることも、両親の死──そこから狂った私の歯車を直そうとしていることも、憲兵が護衛を怠ったことも、知っています。

けれど、私は目を背けました。希望などありはしない、絶望だけが転がっているのだと、死だけは不変だと、知ってしまったから。


「……希望しか見られない私を、愚かで他人任せな私を、どうか笑ってやってください」


弱いの、弱いのです、私は、頭も心も全て。彼等の背中を見つめ、彼等の背中に敬意を表することで、己を保つ術しか知らない愚者。

けれど、私は前を向きます。この心臓が動く限り、歩みを止めないと決めたのです。希望から目を背けることはせずに。光に一歩でも近づけるように。彼等と共に生きたいから。


歩き出して5秒後に、ナイルが謝罪の言葉を吐いていたことは気にしないことにします。彼の涙を受け止められる程、私は、彼に情を抱いていませんので。


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