信頼、そして愛


巨人化したエレンと駆けつけた調査兵団の活躍により、トロスト区の奪還に成功する。

人類の巨人に対する初めての勝利を喜ぶのも束の間、ダリス・ザックレー総統を議長とした3兵団幹部立会いのもとで特別兵法会議が開かれ、エレンの存在の是非と処遇について審議が行われていた。

ウォール教や民衆も傍聴している。


「……ドット司令官が仰っていましたが、エレンは己が『人間だ』と告げたそうです。大砲を向けられ何十人もの兵士に囲まれた中で懸命に己がありたい姿を告げたそうです。
 彼は、とても強い心を持った少年です」


エレンに対して野次を飛ばす者達に「よく喋るな、豚野郎……」と皮肉を言うリヴァイの右隣で、○○は目の前に居る孤独なエレンを見据えて呟く。


「……人間だろうが巨人だろうが、こちら側の意志を尊重する者であるならば受け入れるのも愛と言うものでしょう」


彼女の隣に立つハンジが「……○○は恐怖って感情を知らないのかい?」と小声で質問する。


「……私にとって恐怖は興奮材料にしかなりえません」

「……さすがだねぇ」


○○の揺るぎない瞳に、ハンジは引き気味に感心する。

そんな中、エルヴィンがエレンを調査兵団が引き取ることを提案した。「『巨人の駆逐』を強く望み、『巨人の力』を利用してでも巨人を絶滅させたい」と言うエレンの意志を信じ、彼の力を生かすことを主張する。


「我々はエレンの体を徹底的に調べ上げた後、速やかに処分すべきだと考えています。彼には、我々人類の英霊となっていただく!」


憲兵団師団長であるナイル・ドークがエルヴィンに食ってかかる。ナイルの意見は人類からして最も望ましいのだろう。

だが、エルヴィンの主張を受け入れた者がここに4人。リヴァイとミケは黙してナイルを睨み、ハンジはエレンを興味深げに見る。○○は笑顔で手を挙げた。


「××、何か意見がおありか?」

「他人行儀はよくありませんよ。○○とお呼びくださいね、ダリス総統」

「……貴殿が望むのならば」

「それから、何もなければ手を挙げません」


威厳ある総統を相手に物怖じせず、あくまで柔らかに言葉を返す様は、見慣れた調査兵団幹部とピクシス以外の口を大きく開かせた。


「ナイル師団長はエレン・イェーガーが恐ろしいのですか?」

「な……!」


○○の発言には柔らかさが無く、ナイルを挑発する意図が多分に含まれている。愛らしく笑う姿がナイルの怒りに拍車をかけようとした、その時。


「恐怖は悪ではありません。恥じらう必要もありません」


優しく温もりのある言葉が、ナイルを、この場を支配した。


「ですが、恐怖に身を縛られ、心を縛られ、目の前にある希望から目を背けることは、悪であり恥じるべきことでしょう」


単純で素直で純粋な心を持つ彼女は、エレンにリヴァイの面影を重ねて「……希望……」と口にする。


「……美女は言うことが違うのぅ。ワシ等駐屯兵団からの反論は無い。信じてみようではないか。調査兵団の言葉と直感を、な」


駐屯兵団司令官であるドット・ピクシスは○○の言葉に唸り、彼女に歯を見せ笑う。

○○は同じように彼に歯を見せ笑い、「ありがとう」と感謝の言葉を述べた。


「ピクシス司令まで、何を!」

「○○の甘ったるい言葉にも納得がいかねぇとは頑固じじいの上を行く頭の固さだな」

「……リヴァイ」


リヴァイは大袈裟な溜め息を吐き、ナイルに皮肉混じりの言葉を放つ。


「納得がいかねぇのなら、こうしよう。今から俺がエレン・イェーガーを躾する。こいつが俺の躾に耐え、反抗する素振りを見せなければ、エレン・イェーガーの処遇は俺達が言った通りにする。良いな?」

「もしもエレン・イェーガーが反抗し、巨人と化したらどうするんだ?!」


リヴァイはナイルに答えず、戦いを渇望し燃え盛る闘志からか、「躾」と言う名の暴力行為への興奮からか、不敵に笑う。

○○は彼の提案を聞くなり、審議所の中央に居るエレンを抱き締め背中を擦っていた。

一連のやり取りに傍聴席が騒がしくなる。


「え、リヴァイ、立体機動装置は?」

「ねぇよ」


リヴァイはハンジの質問に即座に答える。彼の提案はその場で思いついたことであり、同時にエルヴィンと○○のエレンに対する言葉を信頼している証だった。


「この世界に『もしも』はねぇ。そして、本気の拳をその体に刻みつけろよ、エレン・イェーガー」

「……が、はっ!」


手足を拘束されているエレンは○○に決意を促され、リヴァイの拳を頬で受け止めた。「……解剖されるよりはマシだろう?」と小声で言うなり「クソが!」と罵り蹴ってくる彼の変わりっぷりにエレンは恐怖を抱く。

リヴァイが語る「躾」への持論を聞き、○○は胸の前で手を組んで「はあっ……羨ましい限りです」と目を輝かせて興奮していた。

エレンの巨人化を恐れる様子の無いリヴァイと○○の異質さ、「躾」に耐えるエレンの瞳に宿る意志がナイルを戦かせた。


「待て、リヴァイ」

「なんだ?」

「……危険だ。恨みを買ってそいつが巨人化したら」

「2回も何言ってやがる。お前等はこいつを解剖するんだろ?」

「……っ!」

「こいつをいじめた奴等もよく考えた方が良い。本当にこいつを殺せるのかをな」


リヴァイがエレンの頭に足を置き、彼の顔を地面に擦りつけながらナイルを黙らせる。


「はっ、こいつは巨人化した時、力尽きるまでに20体の巨人を殺したらしい。敵だとすれば知恵がある分、厄介かもしれん。だとしても俺の敵じゃないが、な!」

「ぐあっ!」


リヴァイは躊躇無くエレンを蹴り続ける。

公開処刑とも言える「躾」を執行し始めて3分程が経過した時。


「……む?」


○○の耳がぴくりと動き、傍聴席を横目で見た。彼女は金髪の少年に宥められている黒髪の少女への警戒心を強める。


「待ってよ、ミカサ」


エレンの呻き声と打撲音が響く審議所内で、○○は金髪の少年の声を聞き取る。彼は傍聴席から走り去った黒髪の少女を追いかけ、その場から姿を消した。


「なんだ?!」

「うおっ!」

「落ち着くんだ、ミカサ!」


再び傍聴席が騒がしくなる。


「あれは、ミカサ・アッカーマンか……な、ナイフを!?」


ハンジが傍聴席から身を乗り出すミカサを視認し、彼女がナイフを手にしていることに気づく。ミカサを止めようとする面々だが、彼等よりも速く彼女はリヴァイに「チビ」と罵りながら斬りかかった。


「……っ!?」


だが、冷静さを欠いたミカサの目前に、突然影が現れた。

「1人で100人の平凡な兵士に匹敵する戦力」と称された彼女を止めたのは「リヴァイの右腕」と呼ばれる○○だった。

○○は左手でミカサのナイフを止め、掌から滴り落ちる血に動じることなく一筋の光を宿した瞳を彼女に向ける。

ミカサや傍聴席に居る面々は○○の鋭い威圧感に戦慄し、息を呑む以外の動作を許されない。


「……巨人だろうが人間だろうが、リヴァイを傷つける者ならば容赦致しません」

「私だって、エレンを……っ!」


互いに愛しの者への思いをぶつけ合う2人を制したのは、彼女達を一瞥すらしないリヴァイだった。


「止めておけ。そいつはばかだが強いぞ」


リヴァイは「躾」に耐え忍び気を失ったエレンを離して横たわらせると、静かに○○への信頼を表す言葉を放つ。○○は「照れちゃいますねぇ」と呑気に返し、先程ミカサに見せた真剣さは嘘のように消えていた。

ミカサは2人のやり取りに拍子抜けし、ナイフを握る力を緩めた。


「……あなたがエレンを思う気持ちの強さは本物です。
 しかし、彼を危険分子として見ている者が居る以上、ある程度の制裁を加えなければならない。エレンの覚悟、人類存続のため、分かってください」


○○は血に塗れていない右手でミカサの手に触れ、母のように優しく諭す。

ミカサは目を伏せ頭を下げると、○○の気遣いで倒れるエレンの傍らに屈んだ。光を宿さないミカサの黒目には、血塗れのエレンが映っていた。


「さて、エレンは『調査兵団兵士長のリヴァイによる躾』を巨人化せず耐え抜きました。私にとってはご褒美中のご褒美ですが。
 彼を恐怖の対象として見ている者達にも、誠意と覚悟が十分伝わったでしょう。彼等は5秒も耐えられそうにありませんし。
 ねえ、ナイル師団長?」

「……致し方、あるまい」


緊迫した場に不似合いな笑顔で問いかける○○に対し、彼は寒気を感じながら頷いた。

エルヴィンの「エレンの監視はリヴァイに任せる。1ヶ月後の壁外調査にエレンを連れていき、人類にとって有意義な存在であることを証明する」という旨の提案に承諾したザックレーが審議の終わりを告げた。

リヴァイは倒れて動かないエレンを治療させるべくハンジとミケを呼ぶ。


「こいつを医務室へ連れていけ」

「了解した」

「はいよー。……○○には痺れるねぇ」

「……同意だ」


ハンジはミケと共にエレンを担架に乗せ、リヴァイと短いやり取りをするとその場から去った。ミカサとアルミンも彼等の元に消え、エルヴィンは俯く○○の頭を撫でている。


「……彼女、なかなかやりますね」

「見るだけで、こちらまで痛くなるな……」


エルヴィンが見た○○の掌は血だらけで、ぐちゃぐちゃに裂かれた赤い肉が露わになっていた。眉間に皺を寄せているものの、生々しく痛々しい傷に一切の悲鳴を上げない○○の精神力はやはり百戦錬磨。何度も修羅場を潜り抜けてきただけはある。


「○○、傷の手当てをしよう」


彼女は微笑むエルヴィンに頭を撫でられながら、彼が傷ついた左手に触れて気遣いを見せたことに「ありがとう」と笑顔で伝える。包帯を取り出したエルヴィンだったが、それは瞬く間に消えた。


「……リヴァイ」

「○○の手当ては俺の役目だ。邪魔すんじゃねぇぞ、エルヴィン」


不機嫌そうなリヴァイがエルヴィンの包帯を奪ったのだ。交わる視線で火花を散らす彼等は、まさに兄と妹の恋人を思い浮かばせる。

2人を余所に、○○は自前の包帯を取り出して左手を止血した。


「心遣いは嬉しいのですが、悠長に睨み合っていたら私が貧血で倒れてしまいます」

「何!? なんという早業……」

「ちっ、悪くないがな、違うだろう……」

「さあさあ、ミケ達と合流しましょう」


開け放たれた扉から暖かい空気が入り込む。3人は笑い合い、ハンジ達の元に向かった。


そしてエレンはリヴァイ監視の下、調査兵団・特別作戦班の一員として戦うことになる。


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