笑顔に潜む狂気


血のように真っ赤に染まった空には、一筋の黄色い煙。巨人と化した死に急ぎ野郎が岩で壁の穴を塞ぐ作戦の成功を報せる信煙弾だ。

ほっと胸を撫で下ろすが、今の状況に安堵している場合ではなかった。壁内に侵入を許してしまった巨人がまだ居るんだ。


「……っ、あ?」


立ち上がろうと足に力を入れるが、上手く立てない。恐怖からの解放、安堵のせいで腰が抜けてしまったのか、情けねぇ。


「おいおい、嘘だろ……」


安全確認のために背後を振り向くと、間近に迫る15m級の巨人と目が合った。冷や汗が全身を伝い、どうにか動く手でグリップを握ってトリガーに指をかける。勝利の喜びに浸った直後に死ねって酷な話じゃねぇか……。

震える指が押しにくいトリガーを引こうとした時、巨人の肩口にアンカーが刺さった。


「……ひひっ」


ワイヤーを高速で巻き取る音とガスを吹かす音、コニーの悲鳴にも似た叫び声を掻き消す狂気を含んだ不気味な笑い声が聞こえる。

笑い声の主はすれ違いに巨人のうなじを削ぎ落とし、勢いを生かして倒れる奴の肩を蹴るとくるくる回りながら屋根の上に着地した。3回転に加え体を捻る意味がどこにあるのだろうかと疑問を抱きつつ、目前に立った存在を見上げる。

風に靡く緑色のマントに描かれた白青の翼。自由の翼を背中に生やす巨人討伐のプロフェッショナル・調査兵団。


「お怪我はありますか?」

「……っ!」


マントを翻して振り返ったそいつの顔を見た瞬間、全身が震え上がるのを感じる。巨人を不気味な笑いと共に殺したのは、女だった。

彼女は綺麗な顔に笑みを貼りつけ、屈んでオレの顔を覗き込む。


「大丈夫です。今は一刻も早く巨人を」


巨人との戦いを感じさせないその笑顔が腹立たしくなり、伸ばされた手を払いのけた。そんなオレの行動に彼女は笑みを崩さない。

ふと、彼女の左耳がぴくりと動く。


「……」


再び立ち上がった彼女は、死に急ぎ野郎ことエレンが居る方角に顔を向け、目を閉じた。


「……あ、次にお会いする時のために名前を教えてください」


彼女は呆然とするオレを瞳に映しながら思い出したように尋ねてきた。危機感が足りないとは思ったが、巨人から助けてくれた彼女に名乗らないのは失礼か。


「ジャン・キルシュタイン、です」

「○○と申します。これからよろしくお願い致しますね、ジャン」


○○さんは戦場に似合わない笑顔でオレの頭を撫でると、エレンの元へと走り去った。


「……これからよろしく、か」


駆け寄ってくるコニー達を横目に、調査兵団の存在を胸に深く刻んだ。


後日、オレは友の……マルコの死を知る。奴への弔い、自分のするべきことを認識し、憲兵団ではなく調査兵団の入団を決意した。


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