純粋な愛の始まりは遠い昔(1/2)


第xx期訓練兵団入団式。ずらりと並び敬礼する訓練兵となる者達を、調査兵団第11代団長を退いた訓練兵団教官であるアイリッシュ・マクガヴァンが黒毛混じりの白い前髪を後ろへ撫でつけながら鋭い眼光で吟味する。


「……話には聞いていましたが、アイリッシュだんちょ……教官は鷹のような方ですね」


周囲の者達よりも2、3歳上と思われる大人びた女が呟く。緊張で唇を噛み締める彼等の中で、彼女は柔らかに笑い敬礼していた。


「……話が違うじゃねぇか、あの野郎」


女の隣で敬礼する小柄な体躯の男が呟く。彼は不機嫌そうに眉間に皺を寄せていた。


「……彼女が××家の令嬢で、その隣がキースの腹心が見つけた逸材か。それぞれ良い威圧感を持ってやがる……」


アイリッシュは男女を見て、低い声で呟く。彼が椅子から立ち上がると、令嬢と逸材以外が肩を揺らした。鋭い眼光が全員を見渡す。


「今から名前及び出身、志望兵団及び志望動機を聞く。せいぜい笑わせてくれるなよ?」


そう告げると、アイリッシュは端から順に聞いていき、その度に罵倒の言葉を浴びせる。訓練兵団入団式の恒例行事と呼ばれる程、長い間伝わってきた行為である。


「……次!」


彼の目前に××家の令嬢が居た。


「○○・××と申します。生まれも育ちもウォール・シーナ、北方にあるブラグリー街です。志望兵団は憲兵団であり、理由は生きるためには憲兵団しか無いと思っているからです」

「……」

「あら、罵倒をせずによろしいのですか?」

「……ああ。死んじまった昔馴染みの娘だ。多目に見よう」

「父の言っていた通り、お優しい方ですね」


笑みを崩さない令嬢・○○の姿に、アイリッシュは頼もしさと切なさを抱く。

彼の昔馴染みであり彼女の父は去年病に倒れ、彼女の母は夫を追って自殺した。そして密かに貧民や兵団に多大な支援をしていた××家は没落する。

唯一残された○○は行き場を失い、15歳で訓練兵団に入団したのだ。


「死に場所を求めて来たのでないなら構わん、××」

「他人行儀はよくありませんよ。○○とお呼びくださいね、アイリッシュ教官」

「……気をつけよう」


髪を揺らして笑う○○にアイリッシュは頷き、周囲が2人のやり取りにざわめく。

そんな中、彼女の隣で敬礼を止めかけている男が舌打ちをする。


「長ぇ……」

「申し訳ございません。えっと……」

「リヴァイ。2回は言わねぇ」


リヴァイの不遜な態度に○○は気を悪くするどころか、笑顔を崩さず楽しそうに彼の顔を覗く。


「名字は」

「ねぇよ。教えられるわけねぇだろ」

「も、申し訳ございません!」

「……気にしてねぇ」

「後で何かお詫びを!」

「気にしてねぇって言ってるだろ、蹴るぞ」

「……申し訳ございません」


好奇心から軽い調子で聞いたことで発覚した事実に、彼女は頭を下げて謝る。リヴァイは言葉の通り気にした様子も無く、アイリッシュを殺意の籠った目つきで睨んでいる。


「ふむ、協調性の欠片も無いな……」


アイリッシュはリヴァイの睨みに怯まず、彼の性格を脳内に記録していた。


「さて、最後に貴様だ。答えろ」

「……名前はさっき言った。育ちは王都の地下街。志望兵団は調査兵団。理由はエルヴィンに誘われたから、だ」


「エルヴィンに誘われたから」と言う理由に○○は驚きの表情を浮かべる。自身より歳も背も下であるにも関わらず、調査兵団の精鋭部隊を率いるエルヴィン・スミス分隊長に認められた男。それだけで彼女の好奇心は最高潮に達した。


「歳は16。直接声をかけられ、にも関わらず訓練兵団に来たのには理由があるのか?」


アイリッシュは恒例行事をせずに、リヴァイに疑問を投げかける。


「歳上!?」


笑えないと言わんばかりの表情である○○が背格好や礼儀のなっていない様子から歳下と思っていた男は、彼女より1年早くこの世に生を受けていた。


「わざわざ声に出すんじゃねぇよ、殴るぞ」


どうやら本人は背格好については気にしているらしく、殺意しか無い視線を○○に向ける。リヴァイは彼女の4回目の謝罪に舌打ちを返し、アイリッシュの質問に答えるためか口を開いた。


「なんでここに居るのか? 俺が聞きたいくらいだよ。エルヴィンの野郎が『文句無しの即戦力だ』とほざいたからついて行ったらこの有り様だ。ふざけやがって……今度会ったら殴る蹴るじゃ足りねぇくらいボコる!」

「……協調性を磨け、ということでしょう」

「……貴様もそう思うか」


エルヴィンへの暴行計画に燃えるリヴァイの欠けている部分が理由だと、○○とアイリッシュは気づいていた。




入団式が終わり、訓練兵達は食堂にて夕食を食べていた。

リヴァイは独り、素朴なパンとスープを黙々と食べ進める。

彼の視界の片隅に賑やかな集団が居た。集団の中心には困り顔の○○が座っていて、数人の男女が彼女を取り囲む。


「××家って凄いお屋敷のお嬢さんなんでしょ? ウォール・シーナ生まれなんてすごーい」

「あのマクガヴァン教官が罵倒を躊躇う程の貴族ってどんだけだよ。あ、後あのチビも」

「……」

「ちょ、お前すげー睨まれてるぞ」

「うげっ、あいつ人殺しそうな顔してんな」


リヴァイの殺気に怯える彼等の隙間からトレイを持った○○が素早く抜け出し、リヴァイの向かい側の席に腰掛ける。


「あの、リヴァイ」

「……人を殺すような俺に何か用か?」


嫌味たっぷりの彼の言葉を受け、○○は辛そうに瞳を潤ませる。心優しい彼女がリヴァイの「孤独」「寂しさ」を感じ取った瞬間。


「こ、このパン、半分こしましょう。私には量が多いので」

「汚ねぇから要らねぇよ」


○○が差し出した半分のパンは、リヴァイに受け取られることはなかった。

彼が去った後、彼女は配分が大きかった食事を完食する。


「ごちそうさまです」


○○は周囲の慰めに笑顔で感謝し、食堂から自室に帰る。ベッドに腰掛け、首から提げている5枚の緑葉がついたペンダントを見つめていた。


「……父さん。私は彼が……」


人前では笑顔を見せる彼女も、独りになると寂しさに涙を溢す。形見であるペンダントを握り締め、○○はリヴァイを思っていた。




そして入団から2ヵ月程経過したとある日。とうとう○○がリヴァイを本気で怒らせてしまう。


「……あの」

「……」

「……リヴァイ」

「……ちっ」


食堂で○○はリヴァイによって左手で右側を、右足で左側を塞がれ、壁際に追い込まれていた。

周囲はリヴァイから放たれる殺気に、止めに入るどころか声すら出せない。


「……あ、うっ……」


リヴァイの殺気に満ち満ちている瞳に睨まれる恐怖から、○○は腰の力が抜けてへなへなと座り込む。それでもリヴァイは○○を睨むことを止めない。


「……この状況で、そのような蔑みの眼差しを送られたら……」


○○が俯き、静かに呟く。顔に影が出来て表情が読み取れなくなるが、辛うじて見える唇はゆっくりと三日月を描いていった。


「マゾに目覚めそうです」


リヴァイを始めとした、この場に居る全員が鳥肌を立たせる。殺気を向けられ蔑まれている彼女が顔を上げると、実に幸せそうに笑っていたからだ。


「……○○とか言ったか?」


リヴァイの問いかけに、○○は笑顔をそのままに頷いた。


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