いさなとり(R15)稀季様より
イラスト(成長虎一)のお礼として頂きました









*******







(成長・6年生)






「あれ?どうしたの」
委員会活動時に割り当てられている部屋に入ると見慣れた広い背中が目に入って、思わず声を上げる。
この場所に居ることがとても自然な彼だけど、今会えるとは思っていなかった。
「一平こそ。今日は当番じゃないだろ」
振り返った顔が逆光に縁取られて、何だかいつもよりぐっと大人っぽく見える。


「5年生は突然課外授業が入ったらしくて代わりに来たんだけど」
「ああ、そうなのか。俺も当番の2年の代役。補習だって」
「そう…なんだ」


2人で当番を担当するなんて何ヶ月振りだろう。
いや、他の委員を含めない「2人きり」なんて年単位での貴重な出来事かもしれない。
生物委員の仕事は種類の多い生き物たちのそれぞれの生態を理解していないと難しいし、大型生物の世話は小屋清掃にしろ餌を与えるにしろ実は結構な重労働だったりするので、基本的に仕事がよくわかっていて力もある高学年と低学年の組み合わせになる。
自身が低学年の頃には高学年の生徒の割合が少なかったこともあるし、複数人が1人の先輩の下に付くことも多かったから一緒に居ることは度々あったけれど、今は他の委員会と較べても随一の充実振りだ。結果、会議や捜索ではない日々の当番活動が低学年を含まない高学年のみの組み合わせで行われることはまずない。


お互いに意識してそうしようとしているし、委員会とは離れた部分で2人の時間を持つことは珍しくはないけれど、こんな風に自分たちの意思を介入させずに与えられた時間に戸惑ってしまう。
嬉しくないのかと問われればもちろんそんなことはないのだけれど…どうしていいのか対応に、困る。


「そっち、頼んでいいかな」
「あ、う、うん」


変に緊張してしまってすんなりと受け答えが出来なかったことに焦るけど、虎若の方はそれを疑問に思うでもなくいつもと変わらない態度だったので、こんな何でもないことで動揺してしまっていることがちょっと馬鹿馬鹿しくなってしまった。
手分けして決められた仕事を淡々とこなしていけば、さすがに6年間も委員を務めた者同士、いつもの半刻ほどの時間で全てが終わってしまった。


「もう終わりかあ…」
達成感と共に湧き上がってくるのは寂寥。
こんなに滅多にない状況をあっさりと手離してしまうのが勿体ないような。
まだ2人で居たいのなら虎若の予定を確認して、一緒に鍛錬をするとか、夕食を共に取るとか、どちらかの部屋で過ごすことだってできる。…過去の事例からすれば、恐らく一平が言い出さなくても彼の方が誘ってくれるのではないかという期待すらある。
でもそういうのではなくて、今この時間をもう少しだけ味わっていたかった。


「えっと、鳥類小屋の方も点検してくる?」
「いや、そっちは昼休みにやったって言ってたから」
「…そっか」


引き延ばしたくて苦しい提案をしてみたけど、あっさりと却下されてシュンと気持ちが落ち込む。ここで「このままもう少し一緒に居たい」なんて素直に吐露出来るほど可愛い性格をしていないことは自覚している。
残念だけど仕方ないかな、と切り替えようとしたところで突然虎若から小さな茶色い毛玉の塊を差し出された。
「わっ」
反射的に受け取ってしまったそれは幼体特有のふわふわの柔らかな毛触りと温もりをもって一平の腕の中でもそもそと動き回り、その予測のつかない動きがどうにもくすぐったい。
「一平、先週は実習に出てたからまだあんまり会ってないだろ?」
「この子…」
「うん、名前はまだないんだけどさ」
傷を負った母犬と共に数日前に孫次郎が連れ帰ったことは聞いている。そして間もなく母犬と衰弱の激しかったもう一匹の兄弟は息を引き取ったとも。
「野に放すのか訓練するのかはまだ決めてないけど、もう少し大きくなるまでは面倒見ないとな」
「そうだね」
過酷な自分の運命を理解しているのかいないのか、ふんふんと鼻を鳴らしながら動き回っていた子犬は定位置を見付けた、というように一平の腕の中で丸くなり心地良さそうに擦り寄ってきた。
「可愛い…」
愛らしい仕草に思わず溜息が洩れてしまう。


「一平のこと、気に入ったみたいだな。ほーら、母ちゃんだぞ」
「誰が母ちゃんだよ」
無骨な指先には不似合いなくらいの優しさで顎を撫でられて、甘えた子犬がとろんと瞼を下ろしたのは微笑ましかったが、冗談ぽく軽い口調で紡がれた内容に反論しようと顔を上げると…あまりにも近くに顔があった。
「と、ら…」
「黙って」
そのままゆっくりと近付く距離に身体が強張ってギュッと硬く瞳を閉じたところで唇に温もりが重なった。
ほんの少しだけ腕の中で身じろぎを感じて焦ったのと同時に、すぐにその熱は離れていった。


「こ、こんなとこで…っ」
「ごめん。可愛かったから、つい」
悪びれもせず少し照れた口調にカッと頬が熱くなる。
「つい、って」
「一平が、だよ。もちろんコイツだって可愛いけど…相乗効果ってやつかな」
先程と同じ優しさで虎若の指が一平の髪を撫でていく。それは確かに、瞼を落としたくなる気持ち良さで。
純粋な瞳で見上げられてでもいたら居た堪れないだろうな、と思いつつチラリと自分の手元を覗けば子犬は安心し切った様子で寝息を立てていた。


「寝ちゃったな」
慈愛に満ちた声色は、耳元で落とされるには心臓に悪過ぎる。
ドクドクと主張をし出す鼓動を至近距離から聞かれていないだろうかという焦りと、触れ合った温もりをまだずっと享受していたいという相反する想いに揺れている一平の心中を察しているのかいないのか、常と変らぬ包み込む大らかさで虎若は笑っていた。


「今動かして起こしたら可哀想だから、もうちょっとこのままでいようか」


それはきっと、願いのままに。















*******

素敵な二人きりの時間に温かい気持ちになりました
何度も何度も読み返してしまいます//
本当にありがとうございました…!!
戻る
リゼ