シキ様よりお届け物
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寒い日だった。
真っ白い空から雪がチラチラと降り、吐く息は白く、よく見れば少しキラキラと光っていた。
体はとても冷たく、どこかのコンビニに行って温かい缶コーヒーでも買って飲みたかった。
だが、そんなことを考えたところで、その考えを実行することはなかった。
今は閑散している時間なのか、道路は車があまり通っていなかった。
もちろん、通行人は私一人しかいなかった。
手袋越しの両手に息を吹きかけ、手を温かくしようと試みた。だが、すぐに息を吹きかけても冷たくなるだけだ。
仕方がない、冬なのだから。早く春になってほしい。
そんな時、1台の車が目の前を通った。その車は自分と関係のない車だったので、そのまま前を通過してどこかへ行ってしまった。
その車の後ろを見つめ、私は心に虚無感と悲愴感に襲われた。
今日はあの日から1年経った日だ。
忘れたくないあの日。ある人物の運命が変わってしまった日。
――――――
『どこか旅に出たいよな〜』
カランカラン、と誰かが店に入ってくる度にドアに設置されたベルが鳴った中、目の前に座ってコップに入った水を飲んだ友達がふと呟いた。
『どこって、どこ?』
『どこかだよ、どこか』
『遠出したいってこと?』
『そうだよ遠出!なぁ、3人で旅行したくないか?』
『いいですわね。ケーキバイキングに行きたいです』
『・・・何でケーキバイキングに限定するわけ?』
『だって食べたいんですもの』
『だったら今買って食べたらいいじゃない』
大人しいBGMが流れるカフェに
聞こえる声は私たちの声だけだった。他に来ていた客たちは無言でそれぞれ頼んだ物を食べたり飲んだりしていた。ちょっと迷惑になっているかもしれない。
『遠出かぁ。私も賛成だな』
『よし、』
すると、提案者は私の肩をガシッと掴むと、笑った。
『旅行会社に行って適当にパンフレットもらってきてくれよ』
『・・・・・・・は?何で、私?』
『いやぁ、あたしこれからバイトでさぁ』
『ま、マナミアは?』
『私はこれから図書館に行って調べものをしなくてはなりませんので』
『え、え、え?何、必然的に私なの?』
『じゃ、頼んだぜ?』
そうやって、私にそう頼んだのである。
言わなきゃ、こんな寒い中旅行会社まで歩いて行って、パンフレットをもらわずに済んだ、のに。
私はその時、苦笑するしかなかったのである。
そんなことがあって、雪が降る中旅行会社まで歩いて行って、適当にパンフレットをもらってくると、1人帰路を歩いていた。
吐く息は真っ白で、体の芯から冷えるこの寒さは拷問だった。雪国出身ではない私にとっては、かなりきつかった。
だが、ここから駅に行って電車に乗らなくてはならなかった。遠い。今からタクシーに乗って帰りたかったが、もうそろそろ駅だったので、やめた。
駅に着いた。人はあまりいない。
切符発行機のところへ向かい、小銭を入れて切符を買う。生憎、今日は手袋を家に忘れて来てしまったので、露出されていた手がボタンを押す前からぷるぷる震えていた。それを見ていた自分は思わず笑ってしまった。
切符を通して、ホームへ向かう。やはり、人はあまりいなかった。
階段を下りる。下から上へあの冷風が吹き上げ、私は思わず唸って体が震えた。
一番ここが寒い気がするのは気のせいだろうか、と思いながら階段を下りて行った。
電車が見えた。だが、それは自分が乗る電車ではなかったため、椅子に座って待とうとした。
だが、上はあまり人がいなかったのに、下に行けば人は結構いた。椅子は先客で埋まっていて、座れる状況ではない。
内心、舌打ちした私はそのまま立つことにした。
30分は経った。目的の電車はまだ来ない。
寒さで手の感覚がなくなってきた。先ほどから体の震えが止まらない。
確か今日は、寒波だとかどうとか言っていた。
こんな日に外に出なければよかった、と後になって思う。
すると、目の前にあった電車、目の前のレールの一本向こうにあったレールに電車が来るというアナウンスが入った。
まだこないのか、と寒くてイライラしていた私は心の中で毒づいた。
再び両手を口を押えるようにして息を吹きかけた、その時だった。
「!」
今、電車が来るとアナウンスが入った、向こうのホームに、自分を見ている誰かがいたのだ。
その人物と目があって、思わず体が硬直してしまったのだ。
知らない男の人だった。自分より年上だろうか。髪は刈り上げ、遠くから見たら怖そうな人だったが、目は優しい。
その男の人は私の顔をじっと見つめ、何かを考えているような顔をしていた。
私は目が離せなかった。
すると、男の人は持っていた鞄の中から何かを取り出した。それを2本のレールの向こうにいる私に投げてきた。それを何とか受け取った私はそれが何なのか、すぐに理解出来なかった。
それは、普通に自販機で買えるペットボトルに入った紅茶だった。しかも、ホット。
困った私は男の人を見た。男の人は手を使って、何かのジェスチャーをした。“飲め”と言っているらしい。
私はお礼を言おうとした。この男の人は私が寒くて仕方がなかったのを知っていたのだ。
だが、お礼をしようとした同時に電車があっちのホームに来て、男の人の姿が見えなくなった。
その電車が発車してここを離れると、先ほどのホームに男の人はいなくなっていた。
その時、私はそのもらった紅茶を一口飲み、体が少し温かくなってきた。その反面、心も温かかった。
私は名も声も知らぬ、男の人に恋をした。
私はその日の翌日から毎日、駅に行った。
すると、やはりあの男の人は別のホームだが、いた。
男の人は私の姿を見て、最初は表情をあまり変えなかったが、何回もレールを挟んだ状態で会っていくうちに、表情を変えるようになり、笑うようになっていった。
声も聞けた、名前も聞けた。クォークというらしい。
私も名を名乗り、知り合い程度にはなった。
クォークと会っていくたびに、幸せになっていった。
これが所謂一目惚れ、というらしい。
ニヤニヤしていたら、友達に怖がられたりしたが、そんなの気にしなかった。
そんな幸せな日々が続いて行く中、あの例のカフェで、友人2人と一緒に茶を飲んでいた最中だった。
未だ古いテレビを使っているこのカフェ。そのテレビはニュースチャンネルになっていて、さまざまなニュースをアナウンサーの人が読み上げている。
もうそろそろ、例の時間だ。きっと、クォークもいる。
またニヤニヤ笑いだした私を見て、友人2人は怪訝そうな顔をした。
「またクォークっていう奴に会いに行くのか?」
「うん」
「さんって、恋をすると一途になりますわね」
私はオーダーしていた紅茶を飲んだ。
そういえば、あの時の紅茶代、どうしようか。
お礼を言っただけで終わったけど、何かあげようかな。
そんなことを思っていた時、ニュースである記事をアナウンサーが読み上げた。
『先ほど、×××駅で交通事故がありました。車の運転手は居眠り運転で、横断歩道を渡っていた少年と男性の方々と衝突しました。少年は軽傷、男性は意識不明の重体となっていて――――』
だが、考え事をしていた私の耳には入って来なかった。
――――
「で、そのまま貴方は亡くなった」
それが、今自分が立っている道路だ。
あの時、考え事をしていた時、駅の周辺の道路を横断していたクォークは、交通事故に遭った。
同時に自分より年下の少年も横断歩道を渡っていて、クォークは少年を庇おうとしたらしい。
そして、そのまま意識が昏睡状態になり、亡くなった。それを知ったのは、翌々日のことだった。
あのあと何も知らない私は、ホームに行ってもクォークはいなかった。その日は用事でもあったのか、と思ったが、まさか交通事故に遭ったとは知らなかった。
翌々日の新聞の記事に交通事故についての欄にそのことが書いてあった。
それを知った私は、思わずその場に崩れ落ちた。
「で、今日は何しにきたでしょう?」
誰もいない横断歩道のところに立った私は誰もいない空間に問いかける。
そして、鞄から何かを取り出した。
「あの時、もらった紅茶を返しに来たんだよ」
それは、あの時クォークからもらった紅茶と同じ物だった。ちゃんと新品だった。それを電柱の下に置く。
「クォークもあの時、寒くて自分で飲もうとして紅茶を買ったんだよね。でも、向こう側にいた私が寒そうにしていたから、その紅茶を投げて私にあげた」
言っていたら、悲しくなってきた。涙がつ、と流れ落ちる。
「ありがとう」
手袋をつけた手を紅茶に触れる。ほんのりと温かい紅茶は、恋をしていた私のようだった。
「貴方のこと、好きだった」
貴方がいなくなったホームに、私は未だ通い続ける。貴方を待っている私がいる。
待ち続けていたら、いつか帰ってきてくれると、心の中に思ってしまう。
でも、そんなことは叶わない願いだ。
そんな私は痛い女でしょうか。
ねぇ、クォーク。
貴方は今、ホームにいるの?どこにいるの?
「どうしたんだ?」
その時、声が聞こえた。
後ろを向けば、見慣れない男の人が立っていた。男の人は着ていたジャケットを私の肩にかける。だが、男の人はクォークではない。金色のような色をした髪の男の人だ。
「風邪引くぞ?」
その時の私は、何て言ったか覚えていない。
不可抗力な運命
2012.0201
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