もやしよりお届け物






・現代特殊パロディ







 *




あなたは覚えているでしょうか?





幼い頃、私たちは夏休みにはいると特に約束もしなくてもいつもの電信柱の下に集まってずっと遊んでいたよね。特に記憶に強く焼き付けられているのは、みんなで廃線になった線路を歩いたあの溶けてしまいそうなとある夏の1ページ。立ち入り禁止の看板を無視して錆びた線路の上をふらふら歩く、悪いことをしているというスリルが幼い私たちの心をひどく満たしたよね。反響する蝉の鳴き声はまるで地面から立ち上る蜃気楼のようにどこまでも追ってくる。その感覚もまた気持ちよくて私たちはひたすら歩いた。

ジャスミン茶が好きなジャッカルはお気に入りの水筒を腰に揺らしながら、からからとひいているマウンテンバイクを自慢してきた。



「おじちゃんが買ってくれたんだ」



にこにこと笑うジャッカルにセイレンが勢いよくドロップキックを食らわせる様子を眺めながら、私は曖昧に笑って過ごした。気まずくなって目を反らす。何故なら「おじちゃん」はよく私のお母さんを泣かすから嫌いだったし、何よりジャッカルがいつも気にしているその顔に大きな青あざがあったから。マウンテンバイクには少しばかり大きな荷物。きっと彼はこのままどこかに行ってしまうのかもしれない。



「あ、雨の匂いですわ」



マナミアがぽつりとつぶやいた瞬間、あんなに晴れ渡っていた空がいきなり荒れだして突然降り出した夕立に走り出す。潰れた無人駅で雨宿り。むせかえるほどの大地の湿った大好きな香り。小さな屋根の下で私たちは「あした」は何して「あさって」は何してだなんて、くだらない話で笑い転げた。 話が尽きないことに胸が踊る。ああ、懐かしい夏。私は夏が大好きで、夏を待っていました。夏を待っていました。








「ここにいたくもないけど、どこに行けばいいのかもわからないの」と私が笑うと、エルザは困ったように笑ったよね。「行き着いた場所が温かいところといいね」と曖昧に笑ったその顔は今でも忘れられない。あぁ、貴方を困らせようと思って呟いたわけじゃないのに。



「、…ちょっと歩こう」



そう言って私の掌を握ってくれたエルザの大きな手は、びっくりするぐらい冷たかった。柔和な笑みを浮かべながら私の手を引き、放課後の教室から蒸し暑い廊下へ踏みだして部活へ一緒に向かったよね。エルザはいつも優しくてにこにこと少しだけ寂しそうな笑顔を浮かべていた。








部活と体育が苦手なユーリスは、特に夏が苦手で私たちと遊んでいてもずっと日陰のベンチで本を読んでいた。誘ってみて渋々参加してもすぐにしんどそうにしてしまうため、私も無理に誘わなかったしユーリスからこちらにやってくることもめったになかった。

ある日、みんなでかくれんぼしているときに偶然ユーリスとすぐ近くに隠れた時があった。今思えばすぐに見つかってしまう土管の中、いつもよりすぐ近くにあるユーリスの綺麗な顔は薄く汗ばんでいて色っぽい、だなんて場違いながらに少し嫉妬した。



「ねぇ、」

「なに?」



ユーリスは膝を抱えたまま、ぽつりと私の名前を呼んだ。あ、なんだか久しぶりに呼んでもらったかも。なんだか嬉しくて思わず体を乗り出してしまう。



「僕はいつもみんなに置いてけぼりで、…ほんとに駄目なやつで…、ごめんね」



私はきょとんと目を見張った後、…なんだか笑ってしまった。つられてユーリスも涙目で笑った。それを見て私も泣いてしまった。2人で馬鹿みたいにおいおい泣いて、鬼であるジャッカルに慌てて見つけられるまであと34秒。初めて彼が弱音を吐けた日。



背の高い草に隠れてかくれんぼ。鬼が迫り来る時間の中で「もういいかい」「まだだよ」って叫んだよ。







私はまだ見つからないままで、あの日のユーリスみたいに膝を抱えて部屋から1人青い空を見上げていた。待ちに待った夏がやってきたのに今の私は動けない、動かない。ベランダを開け放てば網戸越しに懐かしい夏の匂い。シアン色の空にぶちまけたペイントみたいに偽物じみた入道雲、変わらない蝉の声。うなじから汗がぽたりと落ちる。ちりんちりん、扇風機から生み出された人口の生ぬるい風が風鈴を揺らした。回想、これは夢なのか走馬燈なのか。今は現在?過去?未来?それもわからない、よくある話。










身長が高くて喧嘩が強くて、でも仲間にはすごく優しい餓鬼大将だったクォークはいつも無茶な遊びを思いつく。



「」

「ん?」

「この鉄橋に一番長くぶら下がった奴の言うことは、なんでも聞かなきゃいけないぜ」

「…、なにそれ」

「今思いついた」



今みたいにひらひらしたスカートなんて履いていなかった私たち、私はもちろんセイレンやマナミア、そしてエルザとジャッカルとユーリスは鉄橋の高さにビビって出来なかった。ぶら下がるなんて子供の私たちには絶対に危ないし無理だ。…でも、クォークは平気な顔でぶら下がる。何分も何十分も。エルザがはらはらとして何度も声をかけるけどクォークはただ「なら、俺のところまで来いよ」とあざ笑うようにからからと笑うだけ。

夕暮れに染まる川岸、土手から慌てたようなこちらへ走ってくる駐在さん。どうやらだれかが通報したらしい。やばいと思って未だに鉄橋にぶら下がったままのクォークを見上げれば、彼は「鬼ごっこの始まりだ!鬼に捕まった奴はみんなにアイスを奢ること!」と叫んで鉄橋からするすると降りてきていた。

弾かれたように走り出す私たち。足が遅いユーリスを私が引っ張り、私の手をエルザが引っ張り、彼が転ばないようにとセイレンがエルザの手を引っ張る。マナミアは「あら、可愛らしい走り方ですわね」とジャッカルと共に微笑んでくる。急に恥ずかしくなって顔を背けて地平線に真っ赤に燃える空に向かって走っていると、くしゃりと後ろから誰かに頭を撫でられた。クォークだ。



「俺と付き合えよ、」



転ぶ私につられてみんなが犠牲になった5秒後。酸欠になった鯉のようにパクパクと口を開閉させる私の様子が可笑しかったのか、クォークは存外幼いままのはにかみを浮かべたまま言った。



「俺が言うことは絶対だからな!」



たたたっと私たち背を向けて迫り来る駐在へ対峙をしに行くクォークの頬はほんのりと赤かった。私なんてトマトのように真っ赤だろう、ジャッカルがひゅーひゅーと囃したててくるのでとりあえず空手チョップ。全然力が入らなくて笑えた。幸せだった。






7年後、私が成人する少し前に。クォークはビルから飛び降りた。そんな勇気ならない方がよかったのに。



「またな、」



貴方はいつも私の知らない間にどこかへ行ってしまうの。ねぇ、それは今も昔も変わらない。









部屋から這いだした私は高層ビルの下でかくれんぼ。あれから何年が経っただろう。「もういいかい」「まだだよ」なんて声は当然ない。反響、飽和、雑踏、静寂。


もしも今日があの日の続きなら、私たちも「冒険」を続けなくちゃ。私は1人、長く伸びた自分の背の高い影が夕焼けを繋いだ様子を無感動に眺めていた。誰かの泣き声に似た風のさざめきに面影を重ねて目を閉じ、追憶。


時が止まったかのように氷結する黄昏の朱色も、静寂の中に揺れる風も、懐かしい匂いも。すべてがあの日そのままだった。ただ温もりが足りない、それだけなのに世界は急に色褪せて見える、まるでキャラメル色をしたフィルターを通した世界を眺めているようで。



少しだけ泣きたくなったのです。








「会いたいな、みんなに」






「さん」「!」「…、」って、あの頃みたいに私の名前を呼んで、また。ぎゅって抱きしめてほしい。もう失いかけている記憶と温もりがなくなってしまうその前に。






「」




さあああ、とこめかみを吹き抜けた風に乗せて微かに声が聞こえた。



「…、クォーク?」




少し大人びたような気がする彼は、あまりにも変わらない不釣り合いな幼い笑みを零して涙を一粒落とした。ふわり。残像が消えた。私に声をかけてくれたのは、…エルザ。凛々しくなっても彼が纏う空気は相変わらず柔らかくて。すっと振れられた指先が冷たい。夏の蜃気楼。

片腕に極彩色の花束を抱えた彼には、喪服は恐ろしく似合っていなかった。かたんかたん、鉄橋の上を電車が遠くで通り過ぎた。眼前に広がる河辺では子ども達がサッカーをしてはしゃいでいる。眩しくて眩しくて。




「、…ちょっと歩こうよ」




そう言ってエルザは私に花束を押しつけてからぐいっと手を引いてくれる。ケイトの花の薫りが微かに鼻孔をくすぐる。あぁ、私は変わらない。まるで何もなかったかのように。












「大好きだよ、クォーク」

「どうしたんだ?いきなり」

「なんだか伝えたかったの」

「おいおい、俺たちのことはどう思ってんのよ〜!」

「ジャッカルてめぇ、の乙女心を踏みにじんなよ!馬鹿がお前は一回滅びろ!」

「あらまぁ、セイレンったら」

「マナミア、笑ってる場合じゃないよ。…ったく、そんなことを聞くなんてジャッカルは子供だね」

「うるせぇ!そんなこと言ってるユーリスだって気になるだろ〜?」

「もぉーみんな。が困ってるから。意地悪するなよ」

「エルザの言うとおりだ」

「みんな、大好きだよ」


「「「…え?」」」




「でも、…――――」







 愛してる、愛してた!










( 蝉が鳴き始めると )
( 喉が乾くと )
( 燃える空を見上げると )


( 夏が来るたびに )






( 私は 愛おしさで死にそうになります)











2012.0201
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