悠様よりお届けもの 1
「クォーク」
「…エルザか」
「見張り、交代の時間だよ」
「あぁ…構わん、お前は寝ていろ」
枯れた森。
枯れた大地。
浮かぶ色は焚き火の赤だけ。
傭兵団は野営をしていた。
「何言ってるんだよ、ちゃんと休まないと」
「横になるだけ無駄だ」
クォークが焚き火に枝を投げる。
パチリ。
乾いた音を立てて、枝は赤に呑み込まれた。
「…どうしたんだよ。最近全然寝てないだろ?」
「お前に心配されるほどじゃないさ」
「ほっとけないんだ」
エルザがクォークの横に腰掛け、赤に向かって枝を投げる。
パチリ。
「俺たちは仲間だろ」
「そうだな…だが」
琥珀色の瞳に炎が映る。
「いずれは独り立ちして欲しい」
「クォ」
「騎士になるんだぞ?…俺の後を追いかけてばかりじゃ」
「もう!いつもそうやって話をすり替える」
盛大なため息を吐いてエルザがクォークを睨む。
しかしクォークは気にした様子もなく炎を見つめ続ける。
「エルザ、約束してくれ」
風で炎が揺れた。
琥珀色の瞳がエルザを映す。
「……必ず騎士になれよ」
「なんだよ急に…」
「このまま、いつ消えてもおかしくない暮らしを続けさせたくないんだ」
「クォーク」
炎の揺らめき具合によってエルザの瞳の色が変わる。
青、緑、青、緑。
その瞳はクォークを映す。
「俺は、今も幸せだよ」
青の瞳が閉じられる。
この時クォークがどんな顔をしたのか、エルザは知らない。
「たまに傷付く事もある。でも仲間がいて、毎日生きてる…俺はそれだけで」
「騎士になれなくていいのか」
パチリ。
雑に投げ込まれた枝が一瞬で炭になる。
ぱちり。
エルザが目を開ける。
「なりたいよ」
「そうだろ」
「うん、でも俺が言いたいのはさ…なんだろ」
エルザが炎に枝を投げ込む。
音も立てずに枝は燃えた。
赤が大きく膨らむ。
「誰かが欠けるのは嫌なんだ。もし騎士になっても、一人じゃ意味ないよ」
「…甘いな、お前がそんなだから────」
クォークは言葉を呑み込んで枝を拾い上げる。
勢いを増した炎は枝を待ち構えるように揺らいでいた。
「なんだよ」
「なんでもない」
「そんなこと」
「じゃあ、俺は眠るとしよう」
クォークが枝を投げ込んで立ち上がる。
待ってました、というように炎が膨らむ。
パチリ。
何も言えなくなったエルザは緑の瞳を伏せる。
「エルザ、後は任せたぞ」
「あぁ…クォークもしっかり休めよ」
クォークは琥珀色の瞳を細めてエルザを見る。
その視線は瞳を伏せたままのエルザとは、到底交わることなく。
彼は他の仲間が眠る場所へ戻っていった。
炎の前にはエルザ一人が残される。
「クォーク…俺は…」
炎の揺らめきに合わせて、エルザの瞳が揺れる。
風が無造作に伸ばされた髪を弄ぶ。
「これ以上、誰も────」
風に吹かれて炎は小さくなっていた。
それでも彼の仲間が灯した炎は明るい。
自嘲気味に笑ったエルザは、手近な枝を掴んで炎の中に放り投げた。
炎が再び大きくなる。
…パチリ。
一拍遅れて、乾いた音が焚き火からこぼれた。
傭兵団の夜は長い。
エルザはじっと炎を見つめた─────
「────エルザさん、おはようございます」
「あ、あぁマナミア…おはよう」
まだ星が瞬く時間。
物思いに耽っていたのか、エルザの声は浮かない。
紫の瞳が細められる。
「火が…」
「え?あっ!」
火はとても小さくて、今にも消えてしまいそうだった。
慌ててエルザが枝を投げ込む。
燃やす物を見つけた火は少しずつそれを呑み込み始める。
「危なかった…」
「エルザさん、どうしましたの?」
笑みを浮かべてマナミアがエルザの横に座る。
彼女も近くにあった枝を火に投げ込む。
勢いを取り戻して、小さな炎は枝を弾けさせた。
パチリ。
「エルザさん、疲れているみたい」
「そんなことないよ。ちょっと考え事してて」
「考え事、ねぇ」
マナミアが小さく笑う。
「エルザさんは、クォークさんと同じですね」
「同じ?」
「えぇ、仲間を大事に想う心……同じですわ」
柔和な笑みを浮かべる彼女に、エルザはつられて顔を緩める。
癒やしの魔法を扱う彼女にかかれば、人の心を癒やす事も容易いのかもしれない。
「エルザさんもしばらく眠っては?」
「え、いいよ」
「ふふ、私は早起きですの。…さ、戻って」
白く小さな手が枝を炎に投げ入れる。
パチリ。
「じゃあ…お言葉に甘えるよ」
「えぇ」
エルザが最後に枝を投げ込み立ち上がる。
炎は音も立てずにそれを呑み込んだ。
柔和な笑みを浮かべたマナミアは、彼が寝床へ戻るのを見守る。
「…人は、不思議な生き物ですわ」
彼女は瞳に炎を映して、模様のある額に触れた。
神獣に育てられた彼女にとって、人は慣れ親しみのない物なのだろう。
どこか寂しげに微笑んだ後、彼女は小さく歌を口ずさんで炎に枝を投げ入れた。
パチリ。
「────あらユーリス、おはようございます」
「…なんでマナミアが」
星の下でも輝く銀髪を揺らして、ユーリスはマナミアと少し離れた場所に座った。
「目が覚めたので、エルザさんと交替しましたの」
「そ……さっき歌ってなかった?」
薄青の瞳がマナミアを映す。
彼女は申し訳なさそうな顔をすると、枝を掴んで炎に投げ込んだ。
「すみません、起こしてしまったのですね」
「別に…起きてたから問題ない」
「歌は好きですか?」
パチリ。
枝の弾ける音に眉を寄せるユーリス。
「…嫌いだよ。この弱った炎もね」
彼はそう言うと炎に手をかざした。
短い詠唱の後、新たな炎が生まれ今までの炎を呑み込む。
「まぁ…暖かいですね」
「当然だ」
「ふふ、ユーリスの詠唱は歌っているみたいで素敵ですよ」
「なっ」
柔和に微笑むマナミアに、ユーリスは気まずそうに頭をかく。
その笑みを見ると毒づく事はできないのだろう。
「ユーリス」
「…何」
「もうすぐ日の出ですね」
それがどうしたんだ、と言いたげに彼は眉を寄せた。
しかしマナミアはくすりと笑って空を指差す。
「見て、綺麗な朝焼け」
真っ暗だった空がほんのり白みを帯びて、橙に染まる。
焚き火の炎が頼りなく見えるほど、明るい光が覗き始める。
ユーリスも隻眼を細めて空を見た。
銀髪が日の光を浴びて更に輝く。
「…そうだね」
「あ、あそこの色はセイレンみたい」
「………」
明らかに嫌そうな顔をしたユーリスを見て、マナミアが首を傾げる。
「そんな顔をしてはだめよ」
「…関係ないだろ」
「綺麗な顔が台無しです」
「うれしくない」
そっぽを向くユーリスの頬はわずかに赤い。
マナミアは枝を炎に投げ込むと、大きく伸びをした。
一瞬で炎に呑み込まれた枝は音も立てずに消える。
「朝食の支度をしましょう」
「え…」
「ほら、ジャッカルも起きてくるみたい」
彼女がそう言うや、ジャッカルが欠伸をしながら二人に近付いてきた。
「おはよーさん、珍しい顔ぶれだなぁ」
「おはようございます。では行きましょう」
「お?」
マナミアが立ち上がってジャッカルの腕を掴む。
そしてわずかに緑が残る森に向かって歩き始めた。
「ユーリス、火の番よろしくお願いします」
「あぁ」
「確かあっちに木の実がありましたわ」
「おぉ?ついてくわ」
二人がいなくなり、焚き火の前にはユーリスだけが取り残された。
彼は炎に枝を入れることなく、じっとそれを見つめていた。
自分の炎だから簡単に消えることはないと知っているのだろう。
わずかに彼の唇が震える。
そこからこぼれ出すのは、マナミアが口ずさんでいた歌。
この地に広く伝わる子守歌。
きっと彼もこれを聴いて育ったのだろう。
しかしその顔は寂しげで、少年のようだった。
「────おぅユーリス」
朝焼けのように鮮やかな色の髪を揺らして、セイレンがユーリスに近づく。
その姿を目の端で捉えた彼は、何も言わずに炎を見つめた。
ユーリスはセイレンが苦手だ。
がさつに見える彼女は、実はとても仲間思いで、右側が死角のユーリスにそちらから近寄る事はない。
彼自身もそれに薄々気付いているようだが、接し方がわからないようで。
「んだよ、朝っぱらから気分わりーなー」
「………」
「おはようぐらい言えねぇのかよ?」
「……おはよ」
予想外の返事に驚いたのか、セイレンは動きを止める。
しかしにやりと笑うとユーリスの隣に座って彼の顔を覗き込む。
「な、なんだよ」
「うんにゃ〜珍しく素直だと思ってなぁ?」
「……自分こそおはようぐらい言えないの?」
「やっぱかわいくねぇ」
緑の瞳が細められる。
彼女は舌打ちをして、炎に向かって枝を投げ込む。
「おはよ、マナミアとジャッカルは?」
「食材集め」
「…随分早いな」
「マナミアがお腹すいたんじゃない」
「あー…だな。そういや、珍しくクォークとエルザが熟睡なんだよ」
セイレンが寝床を見やる。
本当に珍しいようでユーリスも目を見開く。
「放っておけば」
「…そうだな。別に急がねぇし」
穏やかにセイレンが笑う。
相変わらずユーリスの表情は変わらないものの、その顔に寂しさはない。
しばらくしてマナミアとジャッカルが戻ってきた。
二人は不思議な見た目の植物を沢山抱えている。
「エルザとクォークは?」
「寝てる」
「ふふ、珍しいですね」
「ほー起こさないのか?」
「寝かしてあげてはどうでしょう。疲れているのよ」
「それもそうか」
この四人は、クォークが最近眠っていないことも、エルザがそのせいで悩んでいることにも気づいていた。
いつも言葉にしなくても、彼らは仲間のことを考えている。
「では、朝食の準備をしましょう」
「待たなくていいか?」
マナミアが微笑む。
同時に腹の虫が鳴く。
三人が黙って朝食の準備を始めた。
「────────ん」
琥珀色の瞳が開く。
眠れないと言っていない彼も今日は眠れたようだった。
頭をかいた後、彼は伸びをして地面に手を付いて起き上がろうとする。
「い、いたっ!」
「!?」
しかし手を置いた先にふんわりした感触。
近くで眠っていたエルザの髪を引っ張ってしまったようだ。
眠っていたエルザも突然の痛みに目を覚ました。
「な、エルザ!?」
「あ…おはよう、クォーク」
二人はゆっくり体を起こすと周りを見渡す。
もちろん他の四人はもう起きていてそこにはいない。
「…寝過ぎたか」
「あぁ」
「エルザ、火は?」
「マナミアが…」
「おぅ!起きたみてぇだな」
ジャッカルが片手を振りながら二人に近寄る。
「大将あんま寝てないだろ?だから休んでもらおうと思って」
「…すまなかったな」
「おーおー気にすんなよ!俺たちも休めたしな、問題ねぇよ」
「他のみんなは?」
「食材探し」
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