雪月様よりお届け物
◆◆
・1年後のお話
・エルカナ
「エルザ」
「…カナン」
「やっぱり、ここにいた」
赤く染まる空の下。小さな墓前に座り込む独りの青年。私が声をかけるまで小刻みに震えていたその逞しいはずの体は、何だかすごく脆弱に見えた。
私の声に慌ててこちらを振り向いたあなたの瞳は真っ赤に腫れて、頬には涙が伝ったあと。ずっと、ずっと、我慢してたんだね。
「今日はクォークの命日よね」
「あぁ」
弱々しく相槌を返してくれたあなたの横に並んで、持ってきた鮮やかな花束を、あなたの真っ白な花束の隣に手向ける。ふわり。花の香。
「………」
「………」
静寂。さわさわと少しだけ冷たい風が肌を撫でる。クォークの墓前。ねぇ、エルザ。あなたは今、どんな気持ちなの?…どうして私を頼ってくれないの?1人で、抱え込むの…?
「…カナン」
「なに?」
「悪いんだけど、独りにしてくれないか」
「え…?」
「ごめん」
ふいっと私から顔を背け、目を合わせてくれないエルザ。真っ赤だった夕日はもうあと少しで沈みそう。辺りは何だか不安な気持ちになりそうな嫌な色。
「…いやよ」
「え…」
「いや!絶対いやっ!」
「カナ…」
「どうしてエルザは私を頼ってくれないのっ!」
ずっとたまっていた心の声が外に零れる。
「エルザは…っ、何でいつも、そうやってへらへら笑うのよっ!みんなを困らせたくないから?そんなの…っ、ただの独り善がりよ!」
「……っ」
「この1年、本当は苦しかったんでしょ?悲しかったんでしょ?誰にも弱音を吐かないで、独りで抱え込んで…」
エルザがびっくりしてるけど、もう止まらない。止まれない。
「クォークはこう言ったわ。エルザの傍についててくれ、って。クォークに言われなくても、私はそのつもりだった。…でもっ、」
ふわりとエルザのあったかい手が私の頬に触れた。至近距離。エルザの揺れるオッドアイ。雫を孕んだその瞳に、私は何故か、言葉を失ってしまった。
「もしも…、」
エルザの震える唇が、小さく言葉を紡いだ。
「もしもあの時、俺がクォークの異変に気付いていたら、運命は変わっていたのかな」
「………」
「俺が異邦の力を授からなければ、クォークは今も変わらず俺たちの隣にいて、笑ってくれていたのかな」
「…エルザ」
「でも結果的に、俺はこの手でクォークを殺めてしまった」
「違う!」
「違くない。全部、俺がいけないんだ。クォークの事を誰よりも知っている俺が、…俺が気付けば、こんな未来にならなかった」
がくっと私の頬から手が離れ落ちて、エルザは深く深く俯いた。ほろほろと綺麗な雫が地に落ちる。
「エルザ…っ」
ぎゅっと逞しい体躯を抱き寄せ、優しく背中を撫でる。小さく零れる嗚咽が痛々しくて、私も少しだけ泣きそうになった。
「もう、だめ。いつまでも苦しんでちゃ、だめだよ。エルザは生きてる。クォークは…、死んでしまった。この事実からは逃れられない。いつまでもずるずる引き摺ってたら、クォークに怒られちゃうよ?」
とんとん。子供をあやすみたいに背中を叩いてあげれば、エルザの嗚咽は酷くなるばかり。
「私が全部、受けとめてあげるから。泣きたいだけ泣いて?我慢はだめ」
1年分の悲しみを全部、吐き出して。私はずっとあなたの傍にいるから。ちょっとでもいい。私を頼って。エルザの心の拠り所になりたい。それは叶わないことなの?
「…っ、カナン」
「うん?」
体を離され、肩をぎゅっと掴まれた。かたかたと小さく震えるエルザに、私は一粒涙を流しながらふわりと微笑みかけた。
「ありがとう」
泣き腫らしたぐちゃぐちゃな顔。でも、今まで見た中で一番綺麗に笑ったエルザのその笑顔は一生、忘れられない。
(1年分の涙と)
(1年ぶりの本物の笑顔に)
(ありがとう)
(ずっとあなたの傍にいるから)
2012.0201
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