隆元といふ人






私は、しがない侍女でございます。
母の代より名家毛利にご奉仕させて頂いております。
住み込みでございます。
…ご飯美味しいのよ、ここ。
それだけ。
別段この家に愛情なんてないのよ、私としては。
御給金がいいし、田舎の隣人に“毛利家に仕えています”なんて言ったら一目置かれるし、そういうのがいいの。
とはいえ私、今、凄く困ってるわ。
実家の母が縁側から転げ落ちて、どうやら足を怪我したみたいなの。
少し御暇を頂きたいなぁなんて思うんだけど、迫る年末で人不足だから、ダメだって。
偉い人に直接…って思ったけど、飯炊き女風情がどうやって偉い人に会えるっていうの。
それにここの家、ほんっと、偉い人たちが怖いのよ。
当主の元就様、厳格な人で目付きも鋭いし、怖すぎるわ。
この間なんて凄いのよ。
庭に侵入してきた城下を騒がす凶暴な山猿、小石で頭をばーんと打ち抜いちゃったの。
あとはね…三男の隆景様。
あの人、最悪よ。
女はピンからキリまで手をつけちゃう。
近付こうものならそれこそ肉食獣が草食獣の喉元に齧りつくように、寝所に直行。
しかも手を出したらそれっきりだって噂。
更には自分のことが大好きで、自分が最高だって思ってる。
そりゃ、あの人の顔が小奇麗で美しいことは否定しないけれど…ねぇ?
あとね、次男の元春様。
あの人は隆景様みたいに女ったらしじゃなくて男気溢れた男前なんだけど…いかんせん、お父様に似て厳格なのよ。
頼りにはなるかもしれないけど、私みたいな身分の低い女が話しかけるとすっと無視されそう。
そう、弟君同様、あの人も気位が高そうだから。
…それと嫡男。
あの人は論外。
暗いところが苦手とか、戦が滅法苦手とか、それって将来毛利家を継ぐ人間としてどうなの?
ぜんっぜん駄目。
嫡男なのに兄弟の中で一番雰囲気足りてない感じ。
…ま、そもそもそんなお偉い方々なんか雲の上の人たちよ。
顔だって真っ直ぐ見られないような人たちなんだから。
しょうがないわ。
母のことは御近所の方々に任せるしか…。

「落し物だよ」
「え?あ、ごめんなさい。ありがとう」

やだ、洗濯物の手拭落としちゃってた。
考え事しながら歩くなんてダメね……って!!
噂をすればなんとやらっ!
この人、嫡男の隆元様じゃないっ!!

「あ…も…申し訳ご…」
「あぁ、膝なんかつかなくていいよ。そのままでいいから、ね」

すっごく柔和に笑う人ねぇ…。
んー…人は良さそうなんだけど…でもやっぱり未来の当主としてどうなの?
こんな人に毛利家は任せられないでしょ、やっぱり。
周囲と自分を遮断したいのか、前髪が無駄に長くって目にかかってるし。
なよなよしてて頼りなさげ。

「考え事しながら歩いていたら、危ないよ」
「はいっ、申し訳ございません」
「特にもうそろそろ弟達が鍛錬だ鍛錬だって叫びながら、庭先で刀なんか振り出すからね」

眉を下げてる。
小動物みたい。
あーあ、ほんっっっっと頼りなさそう。

「悩みがあるなら聞くけれど…」
「は?」

何言ってるの?この人。
私、ただの侍女なんですけど。
まっ…まさか私に気があるとかじゃないでしょうねっ!
…なぁんて、冗談だけど。
ま、物は試しね。
どうせお偉いさんの道楽の暇つぶしの気まぐれなんでしょうけど。

「実は実家の母が怪我をしてしまい、寝たきりなのです」
「それは…大変なことだね」

心から気の毒そうな顔をしている。
変な人。
侍女の戯言なんて、聞き流しちゃえばいいのに。

「年が明けるまで御暇を頂戴したいと申し出たのですが、年末は忙しくそれは叶いませんでした」
「そっか」
「それでは、失礼致します」

あーん、もう。
掌に汗かいちゃった。
やっぱり偉い人と話すのってヤダわ。
幾ら雰囲気足りてないボンクラ長男相手でもこれなんだもの。

「帰っていいよ」

え?
振り返ると、この人、自信無さげに前髪を指にくるくる巻きつけながら、ぼそぼそ言ってる。

「私が話しておくから。君の上の人に」
「でも…」

実際、帰れることになっても困るんだけど。
御給金ないと冬越せないもの。

「心配いらない」

懐から何出すの?
…えぇっ!?
それ、それって金の粒じゃない。

「これを生活の足しにすればいいよ」
「こ…こんなものはっ…頂けませんっ」

何この人、何っ!?
頭おかしいんじゃないの!?

「いいんだ、いらないから」
「い…いらない?」
「父がくれたものだ」
「な…尚更頂けないのですが…」
「父は毎年この時期に私や弟二人にこれを三粒ずつ下さるんだ。これで自分の軍事力を構築しなさいと。弟たちは二人共軍備拡張に使っているようなんだけれど、私の場合は部下に温かい食べ物を配っているだけだから…余ってしまうんだよ。それを毎年全部食べ物に変えて百姓に配ったり、寺社仏閣に寄付したりしているんだけれど…今年は、君にあげたいんだ」

何、それ。
…なんなの。
待って。
この人ってもしかして…底抜けのお馬鹿なの?
でも…その…凄く…いい人だってことはわかったけど。
どうしよう、こんな高価な物、やっぱり頂けないわ。

「受け取ってもらえないなら、僕はこれをそこの池の底に沈めるよ」
「えぇ!?」
「金の粒、無駄になっちゃうね」
「……」
「もらってくれる?」
「……頂戴します」
「ありがとう」

ありがとう…だって。
それ、私の言葉なんだけど。

「じゃあ、御母上によろしくね」


………
……
















なんで私顔真っ赤になってるの?
あんなッ…あんな威厳も何もないような人に対してッッッ!!
























End


























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毛利家人物紹介の為に書いた話です。
とりあえず隆元が好きなので、毛利家話は隆元中心が多くなります(笑
劇中でこの侍女が説明してくれた通り、父元就は厳格、長男隆元は一見弱虫でオーラが無い、次男元春はしっかり者だが気位が高そう、三男はナルシストです。
我が家の毛利家は実に個性豊かです。




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