葉月







トンテン
カンカン

夜でも明るく賑やかなのは夏祭りがあるから。
木に登った銀時は、キャイキャイとはしゃぐ子どもたちを羨ましそうに眺めていた。




「いいなぁ〜。」

家の主人であり飼い主でもある松陽の帰りを待つ。
夏祭り、興味はあるが混んでるところは好きではない。
なので始まったばかりの人混みは避け、終盤の人が少なくなった頃合いを見計らって軽く覗いてみたい。
飼い主の仕事もあるので、それが終わってからで良いと言ってみた。
「それだとだいぶ遅くなりますよ?」と聞かれたが特に問題は無かった。

晋助が夏風邪をひくまでは。




(馬鹿だったんだなぁ…晋助は)

夏風邪は馬鹿がひくものだと聞いていた。
でもそんな爆弾発言はできない。
後ろを振り返れば綺麗に敷かれた布団で寝ている晋助が見える。
銀時は木から降りて縁側を登り、晋助の側へ近寄る。




「晋助…。」

「……………。」

黒い耳がピクリと反応する。
そして薄く目を開けて溜め息を吐いた。




「つらい?」

「……いや、」

「まだ怠いんでしょ。」

「うつるぞ…。」

「俺はアホだからうつりませんー。」

夏風邪は馬鹿がひくものだから。
そう告げると、晋助は「そうかよ」と半笑いで寝返りを打った。




(ほんと馬鹿だなぁ…)

そっぽを向いてしまった晋助に、銀時は胸が高鳴ってしまう。
弱っている晋助を見ると…何だか守ってあげたくなるような。
ちょっと雌、というか女子みたいな感情が芽生えてくる。

白い尻尾がフサフサと左右に揺れる。
何かをしてあげたい衝動に駆られた銀時は、そっと晋助の髪に触れて、サラサラと指で梳いてみた。
すると眠そうな声で呼ばれる。




「…明日には治る…そしたら構ってやるから、」

今日は1人で寝ろよ。
舌足らずな声でそう告げられると、逆に側にいたくなってしまう。
何だろう、この変な気持ちは。
胸がきゅうっと締め付けられて、気分が良くなって、図にのってしまう。




「しん、すけっ」

「っ!!!」

銀時は布団に入り込み、晋助の首筋や手首に触れてみた。
いつもは銀時の方が体温は高いのだが、今は晋助の方が高い。
そして昨日よりは汗をかかなくなったところを見ると、治りつつあるらしい。
ならばと、自分の手をそっと添えて冷やしてみようと思ったのだ。

だが次第に体温は馴染み、すぐに同じ熱さになってしまう。
なので近くに置いてある水桶に触れては手を冷やし、そのまま晋助の首や手に触れる。
最初はびくびくと驚いていたようだが、銀時の考えが読めたのか、そこまで驚くことはなくなった。
でもこっちを向いてくれない。




(どうして?)

別に風邪なんてうつらないのに。
晋助が馬鹿なだけで俺はアホだから大丈夫なのに。
どうしてこっちを向いてくれないんだろう。




「晋助…。」

「……………。」

「顔、見たい。」

「…明日な。」

「今すぐ。」

「……………。」

「…だめ?」

晋助の背中を指でなぞる。
確かに心配してくれるのは嬉しいが、顔が見れないのは悲しい。
今は悲しさの方が大きい。

冷たく濡れた手で晋助の手に触れて、ぎゅっと握る。
すると観念したのか、晋助は寝返りを打ってこちらに顔を見せてくれた。




「これで…良いのかよ。」

「うん。」

いつもの顔。
半開きの緑色がこちらを見てくるので、銀時も見つめ返す。
少し呆れながらの声が晋助らしい。
いつもの晋助を見れて安心する。




「熱は落ち着いた、よね?」

「お前の看病のおかげでな。」

「用事があんのは明日の夜だし。
ゆっくり休んで治ってね。」

「…お前がいたら休めねぇよ、アホ。」

「何でだよー。
じゃあ俺、空気になるから。」

「存在感の問題じゃねぇだろ…。」

至って普通の、いつもの会話。
でもそれが嬉しくて、繰り返し水桶で手を冷やしては晋助の頬や首筋に触れる。
だが、もうだいぶ冷やされたようだ。
何故って晋助が抱き締めてきたから。




「熱くない?」

「ん………。」

布団から出ている黒い尻尾がパサリと振る。
熱くはないが、しばらくこのままでいたいようだ。




(風邪の時は、)

誰しも心細くなるらしい。
だからできるだけ晋助の側にいてあげてくださいね、と飼い主に言われたことを思い出す。

なので、晋助の背中に手をまわしてよしよしと撫でてみた。
いつも晋助がやってくれるから。
これが支えになっているのであれば、俺も嬉しい。




「七夕で健康第一って宣言したのにね。」

「…うるせぇ。」

「自己管理できないんじゃん。」

「おい、あんま言うと…。」

「晋助の分まで、俺がやってあげるから。」

だからあんま心配させないでよ。
とは口に出さず、ぎゅうっと晋助を強く抱きしめた。
その際、耳が晋助の口元に届いたらしい。
耳から晋助の吐息を感じる。




(明日の夜までに治ってますように)

のんのんと心の中で祈って銀時も目を閉じる。
深い呼吸は寝息の証拠。
晋助の呼吸と鼓動を感じながら、銀時も明日の出店は何を狙っていくかと考えながら眠りについた。







葉月
(行事に事件は付き物ってね)



16,08/28
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