文月








この前の七夕。
アイツは何を願うんだろうと期待をこめて短冊を見たら、大きな字で『健康第一』と書いてあった。
それは自分が努力することであって願うもんじゃねぇだろと言えば、次に書いたのが『健康でいさせてください』だった。

ブーブー文句言いながら書き直しても何故かこだわる健康。
お前は年寄りかとつっこめば、さすがに堪忍袋の緒が切れたのか、うるせぇとライダーキックをしてきやがった。
そこから始まった喧嘩、そして仲直り。
それはいつものことだが、コイツとの初めての七夕がそんな日常的なやりとりで終わってしまったことが腑に落ちない。




「なんつーか…。」

俺の期待してたのと違った事にモヤモヤする。
ていうか何も解決できてない。




「はぁ…。」

「あぁーッッッ!!」

「あ?」

「晋助ぇえええ!
俺のが落ちたじゃん!!」

「何で俺のせいなんだよ。」

「今のため息!!」

むっと頬を膨らませた銀時は、頭を無くした線香花火を見せつける。
晋助がため息を吐いたから落ちてしまった訴えてきた。
が、そんなことは気にせず、晋助は袋からまた線香花火を出して銀時に渡した。




(なんつーかなぁ…)

七夕って願い事だろ。
しかも織り姫と彦星の恋愛話付きだろ。
だったら短冊に俺のことが書いてあってもいいんじゃねぇのか。
近所の笹には『一緒にいたい』だの『結婚したい』だのが書かれた短冊を死ぬほど見かけたってのに。
…って、ここまで引っ張る俺も俺だけど。
つか健康の意味がわからねぇ。

晋助は頭を悩ます。
七夕が終わっても、心のどこかに引っかかってしまってモヤモヤしてしまうのだ。
銀時にロマンチックさを求めてるわけではないが。
それでも期待してたのとだいぶ違っていたため、晋助はぼんやりと銀時を見てはため息を吐いていた。




「…晋助。」

「ん。」

「つまない?」

「何でだよ。」

「だって、ため息ばっかだし。」

「違ぇよ。
前から線香花火は俺も興味があった。」

「でも最近の晋助…なんか浮かない顔してる。」

「……………。」

「俺、何かした…?」

耳や尾は下がり、大きな赤い目が不安そうに覗きこんでくる。
確かに銀時のことで色々と集中できなくなっているが、まさか「何で七夕で俺のことを書かなかったんだ」なんて死んでも聞けない。
なのでまず、1番意味不明だった事から聞いてみる。




「健康って何だよ。」

「へ?」

「短冊の、何でそこまで健康にこだわるんだって聞いてんだ。」

途中から恥ずかしくなって、思わずそっぽを向いてしまったが。
とりあえず聞くことはできた。
それには銀時も予想外だったのか、数秒遅れて「あぁアレね」と返事をする。




「気になってた?」

「悪ぃかよ。」

「気になりすぎると機嫌悪くなんの?」

「知るか。」

「ふー…ん。」

「……………。」

ツンツンしているが、耳は銀時の方を向いている。
これは気になって仕方がない証拠。
銀時はにんまりと笑って晋助に近付いた。




「俺は、長生きして、晋助と、ずっと一緒にいたいの。」

晋助の耳と尾がピンと立つ。
そして銀時を凝視した。




「…な、なに言っ……。」

「だってそうでしょ?
体を壊したら長くいられないし、いつも通り遊べないし。」

「………………。」

「こうやって線香花火できないし、ね?」

「いや、だが…。」

「だから、健康第一。」

「………………。」

「晋助の身の回りの世話もしなきゃだしね。
俺が倒れるわけにはいかねーの。」

「……………。」

「わかった?」

「………わかった。」

「よし!」

じゃあ線香花火の続きをやろうと銀時は意気込む。
一方の晋助はそれどころではなく、嬉しすぎて尾がパタパタと振れていた。




(一緒にいたい…って、)

銀時が、銀時が俺と一緒に…。
これは、遠回しの縁談…いやいやいやいやこういうのは男が切り出さねぇと。
…だめだ。
この状態で線香花火とか慎重な作業をできる自信がない。




「銀時。」

「んー?」

火を点けようとした銀時の手を止め、晋助は庭の縁側に上がる。
それに銀時もついて行き、晋助の隣に座った。
そして銀時の気配を感じながら、そっと抱き締めた。

ふんわりと香る花火の煙。
獣は火や煙を本能で嫌うのに、やはり半分人間だから、夏っぽくて良いな、と思えてしまう。
一方の銀時も嫌がることなく、ゆっくりと背中に手をまわしてきた。




「晋助…。」

「ん……。」

「一緒にいても…いい?」

小さな声で尋ねられる。
あそこまで大胆なことを言っておきながら、と思いつつ。
晋助は抱き締める腕に力をこめて「当たり前だ」と呟く。
すると銀時は「よかった…」と言って擦り寄ってきた。
この感触が気持ちいい。




「晋助も…ずっと元気でいてね。」

「心配すんな。
お前と違って自己管理はできんだよ。」

「イライラしすぎると頭破裂するかもよ。」

「お前が変なことをやらかさなけりゃあな。」

「何それー。」

お互いに笑いながら抱擁を楽しむ。
抱き締めることができる。
線香花火の続きだってできる。
こんな風に、何てことのない幸せも健康だからこそ感じるんだろうな、としみじみ感じていた。
確かに、銀時にしては奥が深い願い事だった。




「晋助はなんて書いたの?」

「…見せただろ、『世界征服』って。」

「あんなのおふざけじゃん。
本音は?」

「さぁな。」

「あぁー、またそうやって意地悪するんだ。」

「良いだろ。
頼まなくても俺は自分でやってみせっから。」

じゃあ線香花火の続きだ、と2人で一緒に火を点けた。
不服そうな銀時でも、線香花火がジリジリと火花を散らすのを見たら、すぐに集中する。

健康第一な単純で可愛いコイツを、いつまでも側で守りたい。
…というのは、もう少し大人になったら本人に伝えよう、と思う。





文月
(願いより野望)





16,07/23
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