卯月









花見というのは花を見ながらその美しさや儚さを嗜むらしい。
そこに酒があればとても風情がある。

と、木の上で寝ていたらそんな話が聞こえた。




(桜か…)

このところ。
天気のいい日は大勢の人間が街中を通り過ぎていく。
毎年毎年そうなのだが、近くにある公園の桜や、通り道にある桜並木を楽しんでいるらしい。

晋助がいるこの家の敷地にも1本、桜の木が植えてある。
だがそれに乗っかったり蹴ったりして遊んだら飼い主の制裁が待っているので、桜が満開の期間はすぐ近くにある別の木に登っていた。




「どこが良いんだか。」

咲いた途端、すぐ散ってしまうのに。
食べても美味くないこの花の何が良いのか、全くわからない。




「しーんすけ!」

「あ?」

下を見ると白い耳の同居人が見上げていた。
何だよと返事をすると、遊んでと返される。

可愛い誘いだが、今はここで眠りたかった。
晋助は黒い尻尾をふわりと振って、後でなと適当に返事をする。




「何だよー、また昼寝?」

「テメェだってさっきまで寝てたじゃねぇか。」

「俺が起きたから遊んでって言ってんの。」

「どこの獣様だ。」

くぁあと欠伸をすれば、銀時がおもしろくないといった表情で睨んでくる。
そして晋助のいる木に向かって蹴りや突進をして木を揺らした。
が、子供の力ではピクリとも揺らせない。




「うぅー…。」

「どうした、終わりか?」

ニヤニヤと誇らしげに笑う晋助を、銀時は悔しそうに見上げる。
すると、次第に赤くて大きい瞳が潤んできた。
さすがに苛めすぎたらしい。

もし大声で泣かれたら。
なんて想像したら恐ろしい。
飼い主の制裁もそうだが、心に何かが引っかかる感じがしてならない。
こう、なんというか…こっちまで辛くなるというか。
何にせよ、銀時の涙だけは御免だった。




「ならお前も登ってこいよ。」

景色でも見りゃ少しは楽しいだろ。
そう誘ってみるが、銀時は頬を膨らませてぶーたれる。
ああそうだ。
コイツは木に登るのが得意じゃなかった。




「仕方ねぇ、な!」

「ぅお!」

体を起こして銀時の目の前に飛び降りる。
それに驚いたのか、今はもう涙目ではない。
それを確認した後、晋助はしゃがんで銀時に乗れと言う。

普通の子供なら少し躊躇うはずだが、銀時は普通ではない。
一瞬にして晋助の背中に飛びついておぶさった。




(このやろう、)

俺が折れるのを待ってやがったな。
女の涙を使うなんざ、どこで覚えたんだその卑怯な手は。

そう思いながらも、晋助は木に爪を立てて登った。
さすがに2人分は重いし銀時の腕が首を締めて苦しいが、集中すれば大丈夫だと自分に言い聞かせて登っていく。
そして晋助が座っていた太い幹に近づくと、銀時が自ら動いて木に登った。




「うわーすげー高ぇー!」

「てめぇ…俺を踏み台にしやがって、」

「えー!
お前いつもこんな高いところにいたのかよー!
羨ましー!!」

「面白いかよ。」

「うん!
なんか目線が違うとテンション上がるわー。」

晋助も後から登り、はしゃぐ銀時の隣に座る。
幹は多少揺れたが折れることはないだろう。
それを確認した後、銀時と同じ景色を見た。




「晋助はいつもこんな景色見てたんだ。」

「まぁな。
退屈したとき、昼寝をしたいとき、とか。」

「ここだったら通りの桜も見えるし、すげー花見の席だな!」

あれは何だそれは何だと目を爛々と輝かせながら景色を眺める。
そんな銀時を見るのも悪くない。
そう思っていると、風に散った花びらがひらひらと舞った。




(花見ねぇ…)

さっきまでは何が楽しいんだと、花見をする人間を馬鹿にしていたが。
はしゃぐ銀時を見て心境が大きく変化する。

舞う花びら。
薄い桜色の世界。
そして楽しそうな銀時の顔。
確かに、花見も悪くない。




「なら明日、そこで弁当作って花見でもやるか。」

「やったー!
あ、晋助の分も任せろよ!
砂糖の混ぜ込み飯、」

「は、いいから!
自分の分を好きに作って勝負しようぜ!」

「おっしゃー!」






卯月
(桜とコイツとの出会いに感謝)




16,04/03
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