「おや、まだその程度の仕事ですら終える事が出来ないのですか?」
「ナマエ遅い。どんくさい。なんでそんな仕事もさっさと出来ないの?」
「すみませんねっっっ!!!」
「はぁ、なんですかその顔は」
「ナマエがのろまなのが悪いんでしょ?」
「そうですね。私が悪いんですっっててて!!?!足!足踏んでますって!」

 何時ものことではあるものの、腹が立つ。人を貶すだけ貶して二人は事務室奥の室長室へ向かっていった。おい、どっちが私の足を踏んだんだ。謝りさえしない。心の中で舌打ちしつつ、私は私の仕事をこなすべくパソコンへ目を向ける。ほかの事務員たちは苦笑いしていた。まったく、何の恨みがあるのかはわからないが、あの二人はただの平々凡々事務員の私に嫌がらせの如く次々と仕事を、それはそれは振り続ける雨のように落としてくるのだ。如くじゃないな、嫌がらせだ。
 そんなに辛いならこの仕事辞めれば?とか、大丈夫?とか。トレイン常連のトウヤくんとトウコちゃんは思いやりの言葉を掛けてくれるのだが、残念ながらこの仕事を辞めることはできない。正確にはできなかった。以前上司に二人のことでもう無理だと言いながら辞表を出したことがある。だって、本当に辛かったのだ。しかし、上司に止められた。それも泣いて止められてしまった。頼むから、ここにいてくれと。あの二人の相手が出来るのは私だけだと、よくわからないことを言われた。何を見てそう言えたのだろう。私は傷ついてるんだぞ。
 失意の元帰路につき、そのままひと月ちかく働いたところ、なんと給料が爆上がりしていた。金で解決するということだろうか。大人は汚い。この給料だったらまあ、我慢しようと思える程度には非常に高給になっていたので、自分で自分を納得させ今に至る。金で解決された私も、やっぱり汚いのだろう。
 それにしても、なぜあの二人は私に対して嫌がらせをしてくるのか、身に覚えが何一つなく本当に謎だ。他の事務員に対しては普通なのに。そんなに私が嫌いかと正面切って叫んでやりたい。そんなことしたら、きっと仕事を増やされるから言わないけど。

「…ナマエ先輩、大丈夫ですか?」
「……みっちゃん…。うん、いつものことだから。それにこれが終わったらデートだから、頑張るよ」
「デート!?誰と!?」
「みっちゃんしーっ!声が大きいよ」
「あ、ごめんなさい」

 向かいの席に座っている後輩のみっちゃんが小声で声をかけてくれた。こっそりとではあるものの、私の心配をしてくれる貴重な相手だ。ほかの人たちは近寄ってきてもくれさえしない。
 ああそうだ、デートだ。デートなのだ。れっきとしたデート。と言い張っているだけである。実際はパートナーポケモンと買い物に行くのをデートと言っているだけだ。そう小さい声で伝えたら、みっちゃんは「なぁんだ」と残念そうに言い、小さく微笑んだ。現実はそんなものなのだ。私もいつかちゃんと人間の彼ぴっぴとデートしたいものである。

「デー」
「ト?」
「ぅわっ!?」

 背後から恐ろしく低い声が聞こえた。驚き肩が跳ねる。なんかわからんが怒ってるぞこれ。振り返らずともわかる。それはなぜか。目の前にいるみっちゃんの顔が死んでいるからである。え、さっき署長室にいったよね?幻覚だったのかな?私は現実逃避を始めた。この双子、きっと私がおしゃべりしてサボっているのを見てここぞとばかりに突こうとしているに違いない。シンプルにヤバイ。

「ナマエ」
「…はい、ボス」
「デートに行くのですか?」
「…はい、ボス」

 呼ばれてしまったので、諦めて振り向く。そこには案の定怒ってる顔をした二人がいて、私は憂鬱な気持ちになる。少しくらい雑談してもいいじゃないか。ちくしょう。

「誰?」
「…え?」
「誰と、行くのですか?」
「…それはさすがにプライベートに立ち入りすぎじゃ…」
「だれなの、言って」

 こわっ!?釣り目になりながらも口は笑ってるほうのボスの迫力に負けて私はつい「ピカチュウとです」と白状した。二人は、なんと信じてくれなかった。

「嘘つきは泥棒の始まりという言葉をご存じでしょうか」
「はい、存じ上げております」
「…ナマエ」
「はい、ボス」
「今日ボクらと残業ね」
「は!?!?」

 拒否権ははじめからなかった。なぜ。


上司と部下
(それにしてもボスたちも難儀やなぁ。好きな子ほど虐めるなんてな)





リゼ