雨の日は相合傘で


降りしきる雨の中、鞄を頭上に掲げ申し訳程度に雨から身体を守り、走る。

梅雨もすっかりあけ、からりとした暑い日が続いていたから完全に油断していた。大体先程まで雨の気配など全くなかったというのに何なんだ。

心中で今朝の天気予報に罵倒を浴びせながら、何とか雨をしのげる場所を探して走る。

毎年この時期はそうなのだと。
同じような経験しながら、それを全く生かすことなく忘れた頃に繰り返してしまうから性質が悪い。


どんどんと水分を吸って重くなる制服と水の染み込んだ靴がかぱかぱと音を立てるのが不快だ。
何とか閉店中と札の掲げられた雑貨屋の軒下に入り込む。


「クソ。しばらくここで雨宿りするか・・・」

タオルで濡れた髪を拭いていれば、目の前を傘をさした人々が何人も通り過ぎていく。中にはぴたりと寄り添い、仲睦まじく会話をしながら歩いていく者もいる。

こういった場面を見せられると、現役男子高校生としては羨ましい、という程ではないがまぁ何となく良いなぁ、とは思ってしまう。


何とはなしに連れ立っていくカップルを横目で追っていくと、視界の端に何かが映り込んだ気がして思わずぎょっとする。

「どうも、笠松さん」

晴れた空を映しこんだような水色の髪と、同系色の瞳。夏を知らないかのような白い肌。

これは、誠凛の・・・

「透明少年!?」

しまった。思わず口に出してしまった。
慌てて口元を押さえるが、口に出してしまった言葉が戻ることはない。
言われた黒子の方はきょとんとした顔で瞬きを繰り返している。誤魔化す様に話しかける。

「あ――・・・久しぶり、だな。お好み焼きくった時以来か?」
「はい」

黒子がこくりと頷く。

「あ、でも黄瀬君は見ましたよ。決勝リーグの最終戦で・・・話は、しませんでしたけど」


その言葉に、キセキの世代の一人であり、モデルでもある嫌味な程顔立ちの整った後輩を思い出す。
と、無意識のうちに眉間に皺が寄るのは黄瀬の日頃の行いの所為だろう。

「まぁ、目立つからな。色んな意味で」
「そうですね。でも、笠松さんも目立ちますよね」

俺?
思わず怪訝そうな顔を浮かべてしまう。

「全国区のキャプテンで、有名なんですよね。周りから注目されてましたよ」

どこでそんな場面に遭遇したのか・・・何となく、気恥ずかしい気持ちになる。

「それに、黄瀬君を殴れる人は実はそう多くないですから・・・」


思わず、確かに、と思ってしまう。

名門と言われる海常高校の中でも、黄瀬程に才能のある選手はいない。それは誰もが、そう本人ですらわかっている事実だ。それがわかるからこそ周囲は他の1年と同じように黄瀬を扱うことは難しい。どうしても特別視や嫉妬、気遅れといったものが付きまとう。

だけど、ここはもう帝光中ではない。海常高校だ。そして黄瀬はその1年だ。
どれだけ実力があろうとその事実は変わらない。だから主将である自分が黄瀬のご機嫌を取るようなことはしないし、気に入らなければしばく。

モデルウゼーってのがないと言えば嘘になるが。

それに、最近黄瀬は少し変わったようにも思う。


(というか、微妙に引っかかる言い方だったな)

まるで黄瀬が殴られても当然なヤツと言わんばかりだ。
随分と目の前の人物に懐いていた後輩のことを少しばかり憐れに思うが、自業自得だろう。

「大体周りに甘やかされすぎなんだよアイツは」

舌打ち混じりにそう言えば、驚いた様子を見せたあとくすりと笑われる。
本当に、嬉しそうに。

こんな顔も出来るのか。
ほんのりと色づいた頬に、何故か鼓動が一瞬跳ねた気がした。




****


その後も他愛もない話を続けた。
バスケのこと、練習のこと、学校のこと。

思っていたよりも黒子はずっと話しやすい。

「インターハイで戦えないのは残念だけど、そっちも頑張れよ」

そう告げた瞬間、瞳の中に強い光が宿る。

「ウィンターカップでは負けません」
「こっちの台詞だ」
「はい・・・は」

くしゅん

こちらの返事にくしゃみで返される。
確かに、雨にぬれたこともあって体温が下がった気がする。
改めて黒子の方を見ればロクに拭いた感じもしない。

「タオルないのかよ」
「練習で使ってしまって・・・ハンカチがあったんでそれで拭きました」
「ほら」

鞄からまだ使っていなかったタオルを取り出し、黒子に渡す。

「でも・・・」

戸惑ったように受け取ろうとしない。その頭にタオルをのせ、がしがしと強引にふく。
少しばかり抵抗されたが、それもすぐになくなり、大人しくされるがままになっている。

なんだか、子犬の世話をしているような感覚に陥る。

(なんつーか、カワイ・・・)

そこまで考えてはっとする。

(アホか、男相手に!)

不思議そうにこちらを見上げてくる大きな瞳。

ぱちりと瞬きをすれば、睫毛に溜まっていた滴が流れ落ちる。
なぜかそれを直視できず、視線を反らす。


その視線の先。

ガラスに映る黒子と、自分の姿。
それから、その間には後ろにある店の細めの柱。


それを見れば何故か先程、寄り添い傘をさして歩いてたカップルのことが、頭に浮かんだ。
あんな風に、黒子と2人で傘をさして・・・


(って何考えてんだ!?)

どうかしている。
思わずしゃがみこんでしまえば、心配そうにこちらを見下ろす丸い瞳と目が合う。

「笠松さん?大丈夫ですか?」



本当に、どうかしている。
もう少しだけ。
あともう少しだけ、この雨が止まなければいい、だなんて。









 雨の日は相合傘で

 君の隣を歩いてみたい






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本当の彼様に提出させて頂きました。
こういった企画に参加するのが初めてなので・・・だ、大丈夫なんでしょうか。

とにもかくにも、この度は素敵な企画に参加させて頂き、ありがとうございました!





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