〜Halloween night
窓際の席に腰掛けた木村は、ふぅと息を吐いてクロムの腕時計に目を落とす。
相手も時間には厳しい質なのだが、こと仕事になるとこうして待ちぼうけさせられたことも一度や二度ではない。
ハロウィン本番を控えて街のあちこちでは華やかなパーティが開かれているらしく、両手に余るほど声を掛けられたのを全て蹴ってこうしてここに居るのだが‥
「‥パーティはいい宣伝になるんだけどな」
「‥‥悪かったな、」
夜景に映り込んだ自分に向かってぼやいた瞬間、枯れた声が降ってきた。
「パーティ、行きたかったんだ?」
そう言って見下ろしてきた瞳は猫の目を思わせる流麗なシンメトリーを描いていてひどく蠱惑的なのだが、今は冷たくこちらに向けられている。
「行きたいなんて言ってねぇじゃん…仕事になるって話、いいから座れよ」
強引に話しに切りをつけて、着席を促す。
「中居こそ、日曜なのに仕事か?」
「ああ、ちょいトラブルあって」
「そっか」
「‥遅れてすまなかった」
「ん」
目の前に座った中居は、オーソドックスな濃紺のスーツ姿。
店の入口で脱いだのだろう、手にしていた薄手のコートを背もたれに掛け、更に上着を脱いでその上に重ねた。
現れたYシャツの白に、思わず目を細める。
「スーツもいいよな」
自分にはないサラリーマンの経験。
紺やグレイ、変わり映えしない上に堅苦しいスーツ姿で仕事をするなんて到底考えられないが、中居のそれは何故かオートクチュールのようなノーブルな品の良ささえ感じさせて釘付けにさせられる。
「何だその‥ヤラシイ目つき」
「‥早く喰いてぇ」
「…」
それ以上追及すのるも馬鹿らしいと思ったのか、中居は黙ったままメニューを手渡すと自分も手元に目を落とす。
木村は料理を選ぶふりをしながら、尚もシャツ姿の中居を目で追った。
見慣れた私服姿から一転して、就職活動の為のスーツ姿を初めて見た時は何故だかこちらまで胸が躍った。
やがて初々しい紺が、年月と共に落ち着きを感じさせる濃紺へと変化して。
シックで知的なグレイのスーツを身に纏うのは、社内での会議仕様。
制約された中での臨機応変な色選びに、彼の人となりが現れている。
「商売は順調なのか?」
「ああ、なんとか」
会う度に交わされる会話。
中居なりに心配してくれているのだろう。
木村は在学中からアクセサリー関係の商売を始め、次第にファッション全体へ拡大させていった。
小物は自分でデザインしたりもするが、洋服のほとんどは輸入品。
洗いざらしのようなナチュラルさとお洒落心が同居したファッションが木村流。
服はシンプルに、アクセサリーはゴージャスに。
自身がモデルを兼ねて紹介していくスタイルが受けて、幅広い世代の男性から支持されている。
「今日は街歩いてたら、色んなカッコの奴に出会った」
「年に一度のお祭りだからな」
「けど‥」
「ん?」
「やっぱ木村が一等イカしてんな?」
「!」
上質の料理と酒も進み、目元のふくらみをほんのりと紅く染めた中居がまるで世間話のような口調で漏らした言葉に、危うくむせ返ってしまいそうになった。
「‥なかい、」
「ここなんか‥暑くね?」
誤魔化すようにぼやいてつと襟元に寄せられた細い指先が、くいとネクタイの結び目を引こうとしたその時。
ピピピピと無機質な呼び出し音が鳴って、「悪い」と一言詫びた中居が慌てて携帯電話を耳に当てる。
そのまま軽く背中を向けた中居の後姿を、木村はワインに浮かされたような気分でぼぅっと眺めた。
「…何で今頃言ってくるかな、しょうがない、そっちじゃ手に負えないんだろ?」
幾つになっても襟足の辺りに漂う頼りなげな風情が、庇護欲をそそるんだよな?
白いシャツに刻まれる皺の一本一本が、彼の男性にしては華奢な腕や細い腰の辺りを浮き彫りにしている背中。
細い首元に固く結ばれたネクタイをこの指で引いて、留められたボタンのひとつひとつをゆっくりと外していく恍惚。
そんな時、困惑したように眉を寄せる中居の表情が何より好きだ‥
「…村、木村!」
「ん?」
「ほんっと御免、ちょっと会社戻ってくるわ」
「え」
「どんだけ掛かるかわかんねぇから、お前先帰って寝てな」
「はぁ?!」
突然突き付けられた現実とほんのさっきまでの夢のような現実とのあまりのギャップに心の整理がつかないままの木村を独り残して、中居はもう一度詫びると足早にその場を去っていった。
その夜。
日付が変わるまで待っていたが、中居は戻ってこなかった。
仕方なく、褒めてくれた服を脱ぎ捨てアクセサリーを無造作に外すと、シャワーを浴びて寝室に入った。
しばらくもぞもぞと寝返りを打っていたが、やがてかなり回っていたアルコールの力も手伝って、いつの間にか眠りに落ちていたらしい。
スルリ、
ほの温かい感触に、薄く意識が戻る。
重い瞼を開くと、暗闇の中にぼうっと浮かんだ黒い人影が覆い被さってきた。
「‥!‥」
音もなく近づいて、温かく濡れた感触が鼻先に触れる。
ついばむようなキスをくれながら、辿り着いて‥
「‥ナカイ?」
そのまま唇を覆われ、熱い舌先が侵入してきた。
「ン‥」
大胆に吸い上げられ、完全に目が覚める。
腕を伸ばして体ごと引き寄せると、洗い立ての髪の香りが鼻先をくすぐった。
たまらず、腕の中へ囲ってぎゅうと抱きしめる。
「バカ、苦し‥」
「中居、帰ってたのか」
「ただいま、寂しかったか?」
「‥馬鹿言え」
「ふふ」
思わず頷きそうになって慌てて睨みつけると、薄闇の中で中居はひどく柔らかな表情を浮かべていて‥
木村は薄い肩を包み込んでゆっくりとその体を押し倒すと、胸を開いてしっとりと暖かく波打っている肌に夢心地で唇を埋めた。
End
中途半端でスイマセン;
ちょこっとツンデレデレが書きたかっただけです、あとスーツ萌え←
