『漂流者』2


祖父は、彼が高校に入る頃に他界した。蔵はしばらく手付かずのまま放置されてきたが、ここ最近になって、中身を整頓することになった。
しかし、祖父の収集は多岐に及ぶ。価値があろうとなかろうと、気に入ったものはなんでも手に取る人だった。
箱や銘、鑑定書があるものについては、価値あるものだと一目で解る。それについては何も問題は無い。問題なのは、そういったものがない品々だ。
ガラクタなのか。価値があるのか。素人の目では、何一つとして区別が出来ない。
そこへきて思い出したのが、目利きの出来る先輩の存在。
古くから続く名家の出身だとかで、良いものを見抜く目があると耳にした事がある。委細が解らずとも、ざっと選別してもらえればそれだけでも助かると、話を持ちかけた。
幸いにも、彼は幾つかの条件と引き換えに、その役を引き受けてくれた。
その先輩こそが、この片倉小十郎という男だ。
彼の目利きは確かに大雑把なものではあったが、噂に違わない、素晴らしい目を持っていた。
蔵が片付き、ようやくひと段落。…したところで、幸村は件の掛け軸が見当たらないことに気がついた。
そういえば、いつからか蔵には時計がつけられていた。それを気にした祖父が、掛け軸だけをどこかに移動したのかもしれない。
時計のない場所ならばだいぶ限られる。案の定、さした苦労もなく、掛け軸は離れの引き戸の中から見つかった。

そんないきさつから、真田は祖父最後の自慢の品を持って、片倉のマンションを訪ねたのであった。

「そして、これがその掛け軸ですが…」
机の上に置かれたのは、立派な木箱。…中身に対して明らかに新しく作られた物であり、掛け軸の目利きにはなんの参考にもならない。
おそらくは彼の祖父が、この掛け軸のためにこしらえたのだろう。
(下手すりゃ、この箱の方が値打ちモンかもしれねぇな。)
紐を解き、蓋を開けると、中には掛け軸が丸められて入っていた。
そっと箱から取り出して、巻き紐を慎重に解いて行く。
「…中に防蟲香が見当たらねぇな。頻繁に虫干しでもしてたのか?」
「いえ、祖父が亡くなってから先は、誰も触れておらぬかと…。」
妙な話だと、片倉は首をひねる。何年も引き戸の中で肥やしになっていたにしては、あまりにも状態が良すぎている。
もしその道の玄人が管理していたと言われたら、疑いもしなかっただろう。それどころか、その仕事に感心すらしたかもしれない。
…まぁ、彼の祖父は骨董品のコレクターだったというし、この箱のように、部屋そのものが骨董品に適した環境になっていたのかもしれない。
いささか強引に自分を納得させて、片倉は紐解いた掛け軸を広げた。
現れたのは、幽霊画というにはあまりに風変わりなものだった。
見たことのない絵。覚えの無い筆遣い。入った名も、初めて聞くものだ。少なくとも、無名の絵師というのは本当なのだろう。
おそらく、歴史的にも商品的にもあまり価値はない。ただ古いだけの品。
…だが、惹かれるものがあるのもまた事実。
時計を睨む男の顔に、心に迫るなにかを感じる。
そして、裏にいる龍の姿もまたしかり。荒々しく、美しい、青い鱗をした龍だ。
前の持ち主がどこかに引っ掛けでもしたのか、右目の辺りに傷があるのが実に惜しい。
「…して、片倉殿。この掛け軸、いかがなもので…?」
恐る恐る、と声をかけてきた真田に、片倉は思わず眉間を寄せた。
今までは、自分の知識と直感とで目利きをしてきた。プロではないのだからそれで十分だったし、真田もそれで納得していた。
けれどこれは、自分の知識と直感とが、それぞれまるで違う答えを導いている。
「…悪いな。少し、調べさせてもらってもいいか?」
意外な返事に目を丸くした真田だったが、居住まいを正すと、深々と頭を下げてみせた。
「よろしくお頼み申します。」


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