『漂流者』14

「なるほど、先のやり取りが聞こえておりましたか!」
ぽん、と手を打った真田は己のひらめきに納得したようだが、はて、自分は先ほどフルネームを名乗っただろうか?「片倉だ」と、短く姓を告げただけだったように思う。
何故、この男は俺の名前を知っている?
疑問を抱える片倉を他所に、三人は話を進めて盛り上がっている。
「こう見えて、一応ちゃんとした龍の神様なんだって。」
割とお偉いんだよ、信じられないよね、と少々棘を含ませて笑う猿飛の頭を、男が躊躇いなくはたく。仲の良し悪しは別として、互いに遠慮のいらぬ間柄ではあるらしい。
しかし、龍となれば片倉にもひとつ覚えがある。よくよく見れば、蒼い衣装に右目の傷、と、共通点も多いようだ。
「まさか、掛け軸の裏に貼られていたアレか?」
「ご名答。察しがいいねぇ。」
くるりと返された掛け軸の裏面からは、蒼い龍の姿が消えていた。今はただ、味気の無い白い紙が貼られているのみだ。
さほど大きなショックを受けなかったのは、先にこの幽霊を見ていたからだろう。それに、龍神が人の姿を成して現れる、だなんて、あまりに現実離れしすぎていて実感がわかないのもある。
「おお、あの龍が!」
「…。」
素直に驚き、疑わず、全てを受け入れている真田の方が、今はよっぽどショックな存在だった。
そんな真田がふと表情を引き締めたものだから、片倉は思わず目を見張った。ついさっきまではしゃいでいたのが嘘のように、眉間にはシワまで寄っている。
張り詰めた空気に猿飛らも気付いたのだろう。誰もが口を閉ざして、真田の動向を静かに見守っていた。

「昔、祖父が言っておりました。『龍が幽霊を見張っている』と。」
ひやりと冷たい声が響く。
そういえば、そんな話を聞いたな、と片倉は思い起こす。結局祖父に話をはぐらかされて、真相は分からずじまいだったとも言っていた。
真田はいまだ顔色の悪い幽霊を一瞥し、龍に鋭い視線を向ける。恐ろしいほど真剣な眼差しは、わずかに困惑をにじませていた。
「政宗殿は、佐助をかような所に閉じ込めた者に、加担しておるのですか?」

「…まぁ、間違っちゃいないな。」
答えた声は、飄々と。
どこか挑発的にさえ思える軽さでもって、政宗はあっさりと肯定をしてみせた。口には笑みすら浮かんでいる。
途端、真田の眼から困惑は消え、代わりに敵意にも似た烈しさを宿らせた。
拳はいつからか強く握りこまれ、わなわなと震えている。今どき珍しい熱血漢である彼は、存外血気盛んで負けず嫌いの気を持っていた。更に言えば、直情径行でもある。
(まさか、殴り合いでも初めやしねぇだろうな?)
こんな時間から暴れられては、近所迷惑も甚だしい。ましてや、人外とのケンカの仲裁役など御免こうむりたい。
片倉は意識して深く息を吐き出すと、真田の背中を軽く叩いた。
「おい、落ち着け。」
「そうそう。独眼竜も、ややこしくなること言わないでよ。」
幸い、味方はいたようだ。
猿飛と協力して二人をなだめ、少々強引にではあるものの、座らせることに成功した。減っていたコップの中身をつぎ足して、勿論、新しいコップにも麦茶を満たす。
「ややこしいもなにも、事実だろ。」
「結果としてそうなっている、ってだけでしょ。いーから黙って!」
不満げな政宗を一喝し、猿飛はコホンとわざとらしく咳ばらいをした。

「んじゃまあ、とりあえず。俺様の話を聞いていただけます?」


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