6.子猫の過去

※捨て猫や動物の死ネタが含まれています。
その他、暗いお話しが苦手だという方もご注意下さい。





一番古い記憶は、母の加護の元、兄弟と遊んでいる己。
ある日見知らぬ箱に兄弟もろとも詰め込まれ、長い時間がたごとがたごとと揺さぶられた。
揺れが治まり、辺りが静寂に包まれた頃。兄が意を決して箱から顔を覗かせた。その行動に、他の兄弟たちも続く。
そこは見知らぬ場所。嗅ぎ慣れぬ匂い。
母はどこへ行ったのだろう?
いつ、帰ってくるのだろう?
見知ったニンゲンは、何故、私たちをここへ置いたのだろう?
いつ、迎えに来てくれるのだろう?
寂しさに泣き。空腹に泣き。母を呼んで声を張り上げても、聞きなれた声はどこからも聞こえない。
『捨てられたんだ。』
とっくに悟っていた答えを、誰かがついに口にした。

いつまでもここに居ても、どうしようもない。
私たち兄弟は、箱を拠点に行動を開始した。基本的には餌の暢達だ。ニンゲンから貰ったり、ゴミを漁ったりしてその日の飢えをしのぐ。
兄弟で固まっていれば、暖を取ることは出来た。寂しさを感じることもなかった。
食べ物さえあれば、私たちは生きて行ける。
「捨てられた」という事実は胸のどこかに冷たい風を運んできたが、それなりに楽しく日々を過ごしてきた。

しかし、楽しい日々は早々に終わりを告げる。

ある日、兄弟の一人がいなくなった。
探しにいった林の中で、食物連鎖に組み込まれたのだと知った。
ある時いなくなった兄弟は、交通量の多い道路の端で見つかった。
器量の良い兄弟は、箱を覗いたニンゲンに連れられた。
餌を探しに行ったきり、消息の解らないやつもいた。

そうして。
ついに私は、箱の中に独りになった。

日がな一日腹は減り。
夜の寒さに身を震わせ。
声を上げたノドはとうに枯れ。
寂しさで、胸は今にも張り裂けそうだった。
私は一人、箱の中で朽ちて行くのを覚悟した。

そして、独りになって数日が経ったある日の朝。
ぐったりと眠る私の頭上から、静かな声が降ってきた。
静かでありながら、太く、凛とした雄々しい声。

『死んでいるのか?』

『…まだ』
生きている、と続けたつもりだった声は、空気の漏れる音にしかならなかった。
動かそうとした手足は異様に重たく、開いた両目には白いモヤしか映らない。
スンスンと鼻が寄せられ、匂いをかがれる。生憎と私は食べ物ではない。仮に食べ物だったとしても、食べられるのは御免だ。
それが最後の抵抗だと、自分でも解っていた。
力を振り絞って、顔も見えぬ相手に渾身の一撃を食らわせる。痩せた手の、鋭くとがった爪が何かを捉えた。
そうだ、黙って食われてなるものか。

ぐ、と爪を食い込ませたところで、己の意識はなくなった。

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