27.長政とイチ(気まぐれリク消化)@

長政さまは、まだアルバイトを続けている。夜、帰りは遅いし、最近は休日に家を空けることも増えた。
…ねぇ、長政さま。もしかして、イチのことが嫌いになったの…?
『お願い、長政さま…今日は、イチと一緒にいて…。』
足に体を擦りつけて、一生懸命お願いをした。お願い、お願いと繰り返すけれど、長政さまは困った顔をするばかりで頷いてはくれない。
それに、しゃがんで頭を撫でてはくれたけど、膝に乗るのは許してくれなかった。
「すまない、イチ。もう出なければ遅刻してしまう。」
困った顔で。本当にごめんって思っている、その気持ちはちゃんと伝わってくる。
イチが困らせているのも知っている。そんな表情だって、本当はさせたくない。
でも、でもね、長政さま。
『イチ、寂しいの…。』

アルバイトなんて、なくなっちゃえばいい。
どうしてこの世にそんなものがあるのかしら。
イチと長政さまを離れ離れにするなんて、そんなの、『悪』でしょう?
どうして長政さまはアルバイトを削除しないの?それどころか、どうしてアルバイトに行く数を増やしたの?
イチには、わからない。わからないわ…。
『…やっぱり、イチのせい…?』
長政さま、イチを嫌いになった?一緒にいたくないから、アルバイトへ行くの?本当は、アルバイトが大好きなの?
長政さまは優しいから、イチには気付かせまいと困った顔をしてみせて…でも心の中では、楽しくて、嬉しくて、仕方なかったりしているの?
そういえば、アルバイトに行くときはいつも走っているものね。きっと、少しでも早くアルバイトを始めたくて、走っていくんだわ。
そうに決まっている。
考えれば考えるほど、寂しい気持ちは強くなる。
胸が苦しくって、長政さまに撫でてもらいたくて、でもそれが叶わないのは知っていて。
どうしたらいいのかわからなくて、ぐるぐると、長政さまの部屋の中を無意味に動き回った。いないと知っているのに、つい長政さまの姿を探してしまう自分に悲しくなる。
「イチちゃん?どうしたの?」
開いた扉から、お母さんが心配そうな顔をのぞかせた。
ああ、イチの声、そっちまで聞こえていたのね。恥ずかしい…。
『ごめんなさい、お母さん。イチ、今、誰にも会いたくないの…。』
長政さま以外の、だぁれにも。

机の上に置かれたタオルを、ベッドの下へとくわえていく。それだけじゃ足りなくて、廊下にあったスリッパの片方と、学校指定のジャージの上着も引きずり込んだ。
それらを一か所に集めて、前足でふみふみとこね回して。その上で体を丸めると、ようやく少し落ち着いた。
長政さまは、やっぱりイチのことを嫌いになったみたい。
…ううん、それだけじゃない。イチよりも、もっと大切な子が外に出来たんだわ。
アルバイトから帰って来た長政さまの服に、びっしりと他の子の毛が付いていたんだもの。間違いない。
両腕と胸の辺りが特に酷いのは、長政さまがその子を抱っこした証拠。
薄い茶色の毛。イチの真っ黒な毛とは違う、明るい色。長さも、イチの半分ほどしかない。この毛皮を身にまとった子は、一体どんな姿を、手触りをしているのかしら?
(長政さまが夢中になるんだもの。きっと、…イチの毛皮なんか、比べ物にもならないわ。)
長くて真っ黒なイチの毛は、みんなが迷惑をしているもの。洗濯物に乗るとお母さんに怒られるし、立派なスーツを着たお父さんは「来るな来るな」って慌ててイチから逃げる。
長政さまだけが、いつだってイチを抱っこしてくれていた。
制服の時はちょっと困った顔をしていたけれど、拒まれたことは一度もない。
イチの一番は長政さまで、長政さまの一番もずっとイチだって、そう信じていたのに。
(アルバイトなんて、大嫌い…)
イチと長政さまの時間を奪って。それだけじゃ飽き足らず、長政さま自身まで。
イチの…イチだけの、長政さまだったのに。

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