22.現在

立花の家に来てから、早一ヶ月。ワクチン接種やら寄生虫予防やらを終えたミツナリの首輪に、ついにリードが着けられた。
とはいえ、初日の今日はアパートの駐車場でヒデヨシに会わせるだけの外出である。
リードまで着けてしまうのは行き過ぎだろうかと悩みもしたが、突然の音に驚いて道路に飛び出してしまう、なんて事故も多いと聞いた。なにごとも安全第一。慎重になりすぎて悪いということもないだろう。
幸いにも、ミツナリはリードを嫌がることなく、受け入れてくれている。
「…よし!行きますよ、ミツナリ!」
ヒデヨシの鳴き声が聞こえてきたのを合図に、立花とミツナリは玄関から足を踏み出した。

「ちょ、ミツナリ、ミツナリ!危ないっ、危ないからっ!」
子猫の反応は、立花の予想以上のものだった。アパートを出た時からそわそわと落ち着かなかった小さな体は、ヒデヨシの姿を見た途端に勢いよく走り出した。ピンっと張りつめたリードに引っ張られ、立花も慌ただしく足を動かす。
もつれそうになる足を必死に回転させ、ヒデヨシの元へたどり着いた頃には、息はすっかり上がっていた。
子猫はニャアミャアと激しく鳴きたてて、小さな体を大きな体に摺り寄せている。
全身で喜びを表現するミツナリの姿はなんとも愛くるしく、心なしかヒデヨシの表情も穏やかに見えた。
近くの車止めブロックに腰を下ろした立花は、その光景に笑みを漏らす。
(可愛いなぁ。…ヒデヨシ殿、ミツナリと一緒に写真を撮らせてくれるかな?)
首から下げていたカメラを手に持つと、ヒデヨシの視線がこちらを向いた。その表情は、けして険しいものではない。
嫌がるようならばすぐにやめようと考えつつ、立花はカメラを構えた。
「一枚頂いても?」
問いかけに答える声はないが、立花とミツナリ、それぞれに向けられた視線は変わらず穏やかなものだった。
それを彼なりの肯定の答えだと解釈した立花は、カメラのレンズを二匹に向けた。
静かなシャッター音をたてて、一瞬の時間が記録される。
青く茂った植木。暖かな陽光。じゃれあう二匹の猫。
これは、現像が楽しみだ。


『ほう。名を貰ったか。』
『ミツナリ、と。恐れ多くも、ヒデヨシ様に縁のある名だと教わりました。』
照れ臭そうな、けれどそれ以上に嬉しそうな顔で子猫ははにかんだ。この一か月で、ヒデヨシに話したいことは山積みになっている。
立花の言うことが、少しずつ解るようになってきたこと。
ドウブツビョウインとやらで痛いものを刺されたこと。
ふかふかの寝床より、立花の使う座布団の方が寝心地がよいこと。
話すことはたくさんあるが、自分のことだけではなく、ヒデヨシのことも、半兵衛のことも話を聞きたい。
なにから尋ね、なにから語ればよいのか。戸惑うミツナリの心情を悟ってか、話題はヒデヨシから積極的に提供された。

『そうですか、その首飾りは半兵衛さまから…!
 いえ、とてもよくお似合いです!流石半兵衛さま!』
体躯は成長していても、思考は相変わらずのようである。
己と半兵衛を慕う子猫の姿に、ヒデヨシは懐かしさから目を細めた。
『お前の首飾りも、よく似合っている。…ミツナリ。』
『!』
名を呼べば、子猫は途端に顔を輝かせた。
キラキラと光る双眸は、初めて出会った頃には、とても想像出来ないものだった。
(半兵衛への、よい土産話になるな。)
自分の目に狂いはなかった。
そう確信して、ヒデヨシは胸を撫で下ろすのだった。

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