21.頼まれたこと

「頼まれてくれるかい?」
語尾の上がった口調は、まさにお願い事をしたり、相手の返事をうかがったりする時のそれだ。
なのに何故、こいつの場合は有無を言わさぬ空気が漂うのか。
…まぁ、短くない付き合いだ。頼まれごとの一つや二つ、聞いてやるのは構わない。
おう、と短い返事を返せば、目の前の優男は綺麗な顔で満足そうに頷いた。

竹中の言う頼まれごとは、やはりというか、ヒデヨシに関することだった。今まさに購入を決めたこの首輪を、「ヒデヨシ達に付けて来て欲しい」のだと言う。
ヒデヨシには何度も会ったことがあるし、あんなデケェ猫をそうそう見間違える訳もない。お安い御用だと胸を叩いた時、ふと、違和感と共に疑問が浮かんだ。
「ヒデヨシ…『達』?」
達ってなんだ、達って。
まさか、他にも猫を飼い始めたってのか?ヒデヨシを溺愛しきっているこいつが。
俺の狼狽をよそに、竹中はあっさりとその考えを肯定してみせた。曰く、「もう一人小さいのがいる」らしい。
「いや、もしかしたらもういないかもしれないな…。すまないが、ヒデヨシに聞いてみてくれないかい?」
「お?お、おう…。」
ヒデヨシに聞くってなんだ。アイツついに人語を話すようになったのか。いや、確かに竹中とヒデヨシが会話らしきものを交わしている場面は見たことがある。が、まさかそれを俺にもやれって言うのか?無茶言うぜ。
「あー…、ま、とにかくよォ!」
なんだか色々といっぱいいっぱいな頭は、無意味に声を大きくさせた。
竹中が視線で咎めてきたが、知るもんか!
「紅白がヒデヨシ、紫がそのチビスケって訳だな!」
「そうだ。頼んだよ、元親くん。僕からだって、ちゃんと伝えてくれたまえ。」
綺麗な顔で微笑む竹中を前に、数分前の自分を恨みたくなる。
コイツの頼みごとは、安請け合いするモンじゃねぇ。
遅すぎる後悔を胸に、首輪の料金を受け取った。

店に戻り、早速新品の首輪を用意する。片方にヒデヨシの名前と竹中の連絡先を書き込んで、それぞれにお揃いの鈴を取り付ければ準備は完了。(勿論、どちらも竹中の要望だ)。
帰りがけに渡されたメモを広げると、中にはヒデヨシの行動予想が書き連ねられていた。これを頼りに探せと、竹中がその場で書きとめたものだ。走り書きだってのに、嫌味なくらいに綺麗な字をしてやがる。
店番をスタッフに任せて外へ出れば、強い日差しが目につき刺さった。
天気は快晴。散歩をするにはいい天気だ。

メモの一番上に書かれた言葉は、『正午前 自宅の門扉』。
現在の時刻は午前十一時半。訪れた竹中の家の門扉の前で、ヒデヨシは大きく横に伸びていた。
散歩がてらのんびり探すか、と気楽に構えていたのに、まさか一発目で見つかるとは思わなかった。竹中のヤツ、マジでどんだけヒデヨシのことを知り尽くしてんだ?頭の切れる男だとは思っちゃいたが、頭が良いとか勘が鋭いとか、もはやそんな言葉さえ生ぬるい。
なんつーか、ちょっとした恐怖すら覚える域だ。

「おう、ヒデヨシ。」
声をかければ、耳がピクリと反応して、視線だけが面倒臭そうにこちらを向いた。目が合っても警戒しないところを見るに、向こうも俺のことを覚えていてくれたようだ。近付いてみても、逃げる素振りもない。
「竹中からのお届けモンだ。」
竹中の名に反応してか、ヒデヨシはのそりと体を起こした。そのままのしのしと足元までやって来ると、顔を見上げ「ナァン」と一声鳴いた。
手に持っていた首輪をかざして見せると、首がこてんと横に折れる。…本来ならば可愛い仕草も、ヒデヨシの疑わしげな表情のせいで台無しだ。
あまりに胡散臭そうな目をしてくるものだから、嘘じゃねぇよ、マジで頼まれたんだって、と、弁明までしてしまった。
「竹中がお前にって選んだんだ。…大人しく着けさせてくれよ?」
流石に警戒されるかと思ったが、意外にもヒデヨシは抵抗らしい動作は何一つしなかった。首輪はするりと、呆気なく首に巻かれる。
長さを調節して鈴の位置を整え、俺は携帯のカメラにその姿を収めた。
後で竹中に送ってやるつもりだ。
「…で、オチビサンってぇのは一体どこのどいつだ?」
辺りを見回してみると、それらしき猫の姿はない。
「ナァン。」
もう、おらぬ。
…って聞こえたような気がするが、そいつは虫が良すぎるか。
どうしたものかと考えていると、ヒデヨシがゴツリと頭を手にぶつけてきた。そして再び、顔を見上げてナァンと一言。
「…心配いらねぇ、ってことでいいんだな?」
真面目な口調で尋ねると、ノドがゴロゴロと音を立てる。なるほど、これは確かに話しが通じているような気になってくる。
真相の程は知らねぇが、ヒデヨシ語を「オチビサンはいないが心配するな。」と解釈し、ヒデヨシに礼を言って立ち上がった。
空は相変わらずの晴天で、このまま店に帰るにはちょっとばかし勿体無い。大きな欠伸が口をつき、その思いはますます強くなる。
寄り道決定、と心の中で呟いて、最後にもう一度ヒデヨシの頭を撫でた。
「竹中、結構調子良さそうだったぜ。早く退院出来るといいな。」
「ナァーン。」
ゴロゴロゴロ、と、ノドを鳴らす音が途端に大きくなる。
写真じゃなくって、この音ごとムービーで録ってやりゃあ良かったかもな。
ちょっとばかし感傷的な思いが顔を出して、俺らしくもないと苦笑する。
「じゃあな、ヒデヨシ。」

別れを告げて、向かう先は自宅のアパート。
道中送った竹中へのメールには、ヒデヨシの写真と、「早く良くなれよ」の一文を添えた。
「ヒデヨシが待ってるぞ」とは、あえて書かなかった。そんなの、竹中が一番よく知っていることだろう。
用を終えた携帯をポケットにねじ込むと、俺はアパート目指して駆け出した。
いつもと違う時間に帰った俺を、モトナリはいつものように面倒臭そうな顔と、素っ気無い態度で迎えるのだろう。

何故だか、今はそれが恋しくて仕方が無い。

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