1.猫を飼う

男…立花宗茂が大坂へと越してきて、およそ1年の月日が経った。
その間、単身赴任中のマンションへと動物を招き入れたのは、今日が初めてである。
(どーしよう。思わず保護しちゃったけど、猫なんて飼ったことないよワシ!)
手頃な大きさの段ボールの中に猫を移し、立花は頭を抱えた。急なことなので、猫を受け入れるための準備など当然出来ていないし、子猫の育て方もまるで知らない。
近所の獣医へと電話をするも、日付が変わろうとしているこの時間帯では、診療時間外のメッセージが繰り返されるだけだった。
(そうだ、パソコン!)
すっかりその存在を失念していた文明の機器。男はパソコンの前に腰を下ろすと、子猫の育て方についてとにかく知識を漁った。

保温が大事だということ。
ミルクは牛乳では駄目なこと。
保護していきなり風呂へ入れるのは避けた方がいいこと。

次々と出てくる有益な情報に、まこと便利な世の中になったものだと独りごちた。
子猫用のミルクなどはその存在自体が初耳であったが、幸いにも近くのコンビニで買うことが出来た。流石に哺乳瓶までは売っていなかったが、まぁ、何か別の物でも代用出来るだろう。
いつもより高めに設定された室温に、エアコンが張り切って室外機を回している。

鍋の中に入れたミルクを適温まで温めながら、立花は密かに笑みを浮かべた。
(こうしてると昔を思い出すなー。宗麟さまはほんっとうに食べ物にうるさくて…ふふ、大変だったな。)
思い出したのは、単身赴任前のこと。もう何年も昔だが、親戚の子供を預かり、世話をみている時期があった。
言葉の通じぬ我侭な子供にほとほと苦労させられたが、それでも彼にとっては「良い思い出」として記憶の中に刻まれている。
あまりの小ささに、緊張しながら抱き上げたこと。言葉が通じないながらも、どうにか意思の疎通をはかったこと。慣れないミルクやりやオムツの交換に苦労したこと。
当時と今の状況が、なんとなく重なってみえた。

「さて、貴方はちゃんと飲んでくれますかね?」
振り向いた段ボールの中、子猫はこちらを見上げてニィァと鳴いた。

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