B裏設定+α 2

A裏設定の続きの話し





長政が市のもとへと戻って来た時、時計の針は約束の時間を少しだけ多く回っていた。
悪い、と遅れを詫びる長政は、肩で大きく息をしている。
「ううん、平気。…大丈夫。」
まるで、本当のデートの待ち合わせのよう。落ち着きを取り戻したはずの心臓は、再び鼓動を速めた。
あごに滴る汗を、拳で拭う仕草。
乱れた髪をかき上げて、あらわになった額。
何気ない動作の一つ一つに目を奪われて、もはや心臓をなだめるのは至難の業。顔をうつむかせて頬の赤らみを隠し、胸に溜まった息をそっと吐き出した。
溢れんばかりの愛しさは、そんな溜息一つにさえ、甘い響きをもたらせる。

「それで、長政さま…?市に、なにかご用…?」
長政の呼吸が整った頃を見計らい、市は疑問を投げかけた。待たされた理由も、彼がここへ大急ぎで戻ってきた理由も、自分は何一つとして聞かされてはいない。
長政は一つ深呼吸をすると、すっと右手を差し出した。
「その荷物を渡してくれ。俺が運ぼう。」
「え…。」
あまりに突然の申し出に、市は驚きを隠せない。長政の手と自分の持つ荷物を交互に見比べ、混乱する頭を必死に回転させた。
しかし、彼女が結論を出すよりも早く、長政は市の手から買い物袋を取り上げた。ますます戸惑い、うろたえる市に、「行くぞ。」と声が投げられる。
長政は既に、一歩を踏み出している。待って、と、声をかける暇もない。
「っ…!」
市は咄嗟に手を伸ばし、長政の服の裾をつかんだ。引き止めようとして、そのままギュッと握りしめる。
予期せず後方へ引かれた長政は、バランスを崩してたたらを踏んだ。両手を重荷にふさがれているので、無理もないことである。
すんでのところで転びはしなかったものの、ひやりと肝が冷えた。
「あ、危ないではないか!」
「ごめんなさい…。」
荷物の重さは、市もよく知っている。素直に詫びて、…それでも、手は離さなかった。
「長政さま…荷物、悪いわ…。市、平気だから…」
おずおずと手を伸ばすも、長政は頑として荷物を手放そうとはしない。どうしたらよいものかと迷っていると、「厚意は素直に受け取るものだ。」と言われてしまった。

「このような重い物を持っている場に出くわして、放っておける訳がないだろう。」
(…それって、市じゃなくても?…それとも、市だから…?)
胸に湧いた、小さな期待。それを口に出して問い掛けるだけの勇気は、まだ持っていなかった。
けれど、聞かなくてもいいことだと、そうも思う。この幸福をわざわざ壊す必要など、どこにもないのだから。
「…ありがとう、長政さま…。」
出来ることならば。二人で荷物を分け持って、手をつないで歩きたかった。
しかし、そんな恥ずかしい我が侭なんて、それこそ言える訳がない。
市はいつもより少しだけ歩幅を大きくして、長政の隣を並んで歩いた。

今はただ、それだけで十分だった。






END



大量の買出し場面に出くわして、思わぬデートに発展する長市…が、蛇足その三。
長政さまの正義は時に紳士です。
互いに好意を寄せつつも、まだ付き合っている訳ではない。その微妙な距離感が大好きです。



(更に続きます。)

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