第12回……通夜
 2017/03/19 Sun



制服を着ていなかったとしても、私の正体はすぐわかったと思う。
斎場の受付係は親類の人だった。
たちまち怒号と罵声を浴びた。
暴力沙汰の寸前だった。

斎場の人が仲裁に入り、このまま帰るように勧告された。

頭を下げて退出しようとしたとき、
「待ちなさい」
と声がかかった。
喪主である父親だった。
「このお嬢さんに罪はありますか?」
静かな声だった。

線香を手向け、合掌する。

「四弘誓願」を唱える。

「衆生無辺誓願度。
 煩悩無数誓願断。
 法門無盡……」

この時、ふと、気づいた。

遺影がない。

恐らくは、喪主が一時的に隠しているのだろう。

なぜ?

答えは一つしかない。

私が、記憶に刻むことをしないように。
私が、早く忘れてしまうように。


こらえていた涙が溢れた。

「四弘誓願」が唱えられない。

そっと、肩に手を置かれた。

「衆生無辺誓願度。」

優しい声だった。

父親が唱える「四弘誓願」は心にしみた。

「煩悩無数誓願断。
 法門無盡誓願知。
 仏道無上誓願成。」

なんとか唱和できた。
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