BOOK_marble


ヴィルヘルム視点一人称形式。

寂しがりやの悪魔さんが人形に抱き着いたり髪の匂い嗅いだり八つ当たりする話。
ただし一番台詞が多いのはトラン。

【本文見本】

肌が粟立つのは触れた頬の冷たさか。それとも単に愛しいと思ったからなのか今一つ判断がつかないまま、手に込めていた力を弛め、彼女の顔をのぞき込んだ。
表情の無い口元と私を映す虚ろな瞳。
ふいに呟きかけた言葉はあまりに無粋な物で、そっと飲み下す。
これは確かに、惑わされる、と。

何か言いたげに彼女の口が動いたけれど、紡げる音は楽器のようなため息ばかり。
そういうものなのだから仕方が無い。
自動演奏絡繰り人形。
主を無くした劇場の、見捨てられた小道。
つまり彼女はそういうモノ。
人の言葉に反応をして歌う。そこに生物特有の意志は無いのだろう。
ただ造られたままに動くだけ。
そうと知ってなお、どうしてこんな飯事に興じているのか自分でも解らないけれど、それでも日に一度はここに来てその声が紡ぐ儚い歌を聞かずにはいられなかった。

「シャルロッテ」
「ああ、あ」
「あの歌、聴かせてくれ」
「――あ、あ」

彼女が奏でられる歌は一つきり。名前どころか言葉すら解らないただただ、繰り返されるオルゴールに似たリズム。
解りもしないのにどうしてか、これは恋歌だと思った。
そうだと良いと、彼女の肩に顔を埋めて思っていた。




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