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巨大な赤い鳥居をくぐった殺生丸の頬を、
夜の冷たい風が掠め流れていく。
鳥居から続く先には、これまた赤を基調とした巨大な屋敷が構えており、その両脇を蒼白い炎がぼわっといくつも燈っていた。
ここは、西国の京都上空に位置する妖怪屋敷。
京を中心とする西国南部の妖怪たちを束ねる九尾の妖狐、その一族の屋敷である。
その屋敷の奥からぼんやりと一つの影が現れ、
「京へようこそ…」
と言って鋭い牙を覗かせた。
それは、九尾の妖狐一族の頭であり、同時に狐妖怪たちの最上位に君臨する男、蓮だった。
蓮は鳥居の下で足を止める殺生丸と対峙すると、
「化け犬の大将が、今更俺に何の用だ?」
と静かに質問する。
そして…
「りんが拐われた…」
「…………」
殺生丸の放ったその一言に蓮はすっと目を細めると、
「それで…?俺がやったとでも?」
と低い声で返す。
「……………」
その言葉に殺生丸が黙ったままでいると、蓮は ふんっ、と鼻を鳴らし
「あいにく俺は忙しいんだ」
と、口を開いた。
「お前もここに来るまでに見ただろ。
やつらは妖怪だけでなく、人間の村まで焼き回っている。
ここより更に海沿いはもっと酷い状況だ…」
「お前と違って、こっちは人間の小娘にかまってる暇なんてねぇんだよ」
蓮がそう冷たく言い放つと、殺生丸は微かに目を細めここに来るまでのことを思い起こした。
確かにここに来るまでに通った人里は酷く荒らされており、人間の住んでいる気配がない村が多かったように思う。
しかし今の殺生丸にとって、もはやそんなことはどうでも良いことだった。
「りんを拐ったのは、大陸から来た連中だろう…」
殺生丸は暫くの沈黙を挟み静かにそう口を開くと…
「やつらはどこにいる」
と、低く冷たい声で質問した。
そんな明らかに殺気を漂わせる殺生丸に対し蓮は再び ふんっと鼻を鳴らすと、
「だから言っただろう、やつらはお前を、放ってはおかないと…」
と続ける。
そして…
「だがまさか、女を人質に取られるとはな…」
「お前も落ちたもんだぜ」
そう言ってニヤリと口角を上げた。
殺気立つ殺生丸に対し、明らかにこの状況を楽しんでいる蓮。
そんな蓮に殺生丸は更に殺気を強めると、
「話す気がないのなら、貴様にもう用はない」
そう冷たく言い放ってその場に背を向けた。
しかし…
「まてよ」
「……………」
「やつらは屋敷の中にいた女を誘拐したんだろ?」
立ち去ろうとする殺生丸にそう質問した蓮。
その質問に
「それが…?」
と殺生丸は眉根を寄せ彼を振り返った。
「あれだけの結界に守られているにも関わらず、やつらはどうやってその中に入り女を誘拐したと思う…?」
「…………」
その質問に殺生丸が何も答えないでいると、そのまま蓮が言葉を繋げる。
「やつらの中には、人の魂の中に入り込み相手を自由に操ることができる、霊鬼(れいき)という鬼妖怪がいる。
恐らくは霊鬼に操られたお前の部下が屋敷に入り込み、そのまま女を結界の外へと連れ出した…
霊鬼は魂を操っているだけで、肉体は本人のもの。だから結界に阻まれることもなければ匂いも違わない。
誰にも気付かれることなく、女を屋敷外へ連れ出せるってわけだ」
蓮はそう言って得意気にニヤリと笑った。
しかし…
「そんなことはどうでもいい…」
「やつらの根城はどこにある」
蓮の話には一切興味を示さず冷たく言い返した殺生丸。
そんな、明らかに不機嫌な殺生丸に蓮は小さくため息を吐いて口を開いた。
「やつらはここより北の無人島にいる。
結界もなにもないから、見つけるのはそう苦労しねぇよ」
「北の無人島か…」
蓮の答えにそう静かに呟くと、殺生丸は再び背を向けて歩き出す。が…
「一人で行く気か」
蓮は立ち去ろうとする殺生丸を再び呼び止めると、
「相手の戦力も知らずに…
さすがは戦国最強と謳われるだけあるな…」
と、嫌味らしく言葉を繋げた。
そんな彼に
「私がやつらに劣るとでも言いたげだな」
と、殺気の篭った目で蓮を睨みつける殺生丸。
「まさか…」
蓮はそう言って微かに口角を上げると
「ただ人質を取られ自由に動けない中、たった一人でやつらと戦い女を取り返すというのは、いささか無謀だと思ってな」
と、低い声で続けた。
「…………」
そんな蓮の言葉にすっと目を細める殺生丸。
そして…
「なにがいいたい…」
そう低い声で先を促した。
「言っただろ?やつらは大陸から大量の兵隊を引き連れてきたと…
そんなのと戦っている間に女が殺されたんじゃ、もともこもない」
「ふん…どれだけいようと同じこと。
そんな雑魚ども、この殺生丸の敵ではないわ」
「雑魚ども…か」
蓮は殺生丸の答えに微かに失笑すると、
「確かに雑魚だ…が、ある意味最強…とも言えるな」
そう静かに続けた。
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