嵐の予感
ーー次の日。
りんがせっせと畑仕事をする後ろに殺生丸が降り立った。
「あっ!殺生丸さまっ!」
そう言って嬉しそうに振り返ると
「これだけ片付けちゃうからいつものところで待ってて!」
と何処かへ走って行った。
殺生丸は無言で地を蹴りいつもの丘へと向かう。
そして再び地面に足を付けると、そこで薬草摘みをしていたかごめに出会した。
「あらっ、殺生丸っ!」
かごめの言葉を当然のように無視し殺生丸はいつもの大木の下に腰を下ろす。
かごめは腰を下ろした殺生丸に近づきながら
「二日連続で来るなんて珍しいわね!」
と顔をニヤつかせた。
その言葉に殺生丸は眉根を寄せ
「なんの話だ?」
とかごめに目を向ける。
「え?だって昨日も会い来たでしょ?」
首を傾げるかごめに
「…来ていない。」
と殺生丸はさも不機嫌そうに言った。
「そうなの?あたし昨日の日暮れごろ丁度りんちゃんが家に帰るの見たのよ。随分綺麗な格好してたから、てっきり殺生丸に会いに行ってたとばかり思ってたわ。」
市にでも行ってたのかな〜。 そう言うかごめに殺生丸は無言のまま何も答えない。
と、そこに…。
「殺生丸さまお待たせっ!」
着替えを済ませたりんが殺生丸のもとへと走って来た。
「あら、じゃああたしはお邪魔ね!」
かごめはニヤニヤしながら、じゃあねりんちゃん。 とその場を後にした。
りんはかごめが見えなくなるまで見送ると、殺生丸に向き直り
「ごめんなさい待たせちゃって。」
と言って頭を下げた。
それに対し殺生丸は 別に。 と一言だけ。
しかしりんはにっこりと笑うと、殺生丸の隣に腰を下ろしいつものお喋りを始めた。
「でもさ、本当最近はあったかくなったよねっ!やっぱお天気だと気持ちいいっ!」
「…りん。」
りんが暫く話したあとで、突然殺生丸がりんの名を読んだ。
「なあに?」
そう首を傾げて見上げてくるりんを殺生丸は見下ろす。
「昨日は、何をしていた。」
「昨日?」
りんは首を傾げると
「昨日は友達の家に行ってたよ!」
と嬉しそうに言った。
「友達…?」
「うんっ!秀介って言ってねっ!あそうだっ、この前話した人だよっ!市で始めて会って、そのあとわざわざりんを探してこの村まで来た人っ!」
そう言って身を乗り出すりんに殺生丸は顔を顰める。
「そやつは、お前に腹を立てて探しに来たやつだろう…。」
「そうだよっ!でもちゃんと話したらいいところも沢山あってね!友達になったのっ!」
そう言って笑うりんの顔はさも嬉しそうで。
殺生丸は更に顰めた顔でそれを見詰めた。
「それで…、家まで行くような仲になったのか。」
苛立ちを含んだ彼の声に気付く訳もなく。
りんは そうだよっ! と言って笑った。
「さすがにさ、秀介みたいなお金持ちのお家に行くのは気が引けたけど、秀介がどんどん話進めちゃって。でも本当、予想以上におっきかったな〜!!お庭も広くてね、いろんなお花がたっくさん咲いてるのっ!」
りんは興奮気味に言うと あっそうだっ! と何かを思い出したような顔をした。
「秀介がね、今度殺生丸さまに会いたいって言ってたよっ?」
その言葉にこれ以上ないくらい不機嫌な顔でりんを見下ろす殺生丸。
「なぜ…?」
普段より低い声で発せられたそれに、 なぜって…。 と少し考えてからりんは口を開いた。
「殺生丸さまに興味持ったんじゃないかなっ?殺生丸さまのこと、凄く聞いてきたし!」
よかったねっ!と言わんばかりのりんに怒りを通り越して呆れてしまう。
「そやつは…、私が人間でないことを知ってるのか?」
「知ってるよ!さすがに妖怪だって言ったら驚いてたけど、別にだからって怖がったりはしなかったからっ!心配しないで大丈夫っ!」
「心配などしていない…。」
不機嫌丸出しで言う殺生丸。
むしろ気に入らない…。
りんの前で見栄を張ったのか、本気で恐れなど感じていないのか。
どちらにせよ不愉快だ。
私に会いたいだと…?
たかが人間の分際で気に食わん。
…が、
私が誰だか分かってそう言っているのなら…。
「殺生丸さま?」
眉間に皺を寄せたまま黙り混む殺生丸を不審そうに見上げるりん。
「構わぬ。」
「えっ?」
「死ぬ覚悟があるなら来いと伝えろ。」
「え"っ!?」
思わぬ言葉にりんは目を丸くした。
「死ぬ覚悟って…殺生丸さま殺しちゃうのっ!?」
驚くりんに殺生丸は何も答えない。
しかしりんはにっこりと笑うと、
「じゃあ秀介に伝えとくねっ!」
と嬉しそうに言った。
そしていつものお喋りに戻り、帰る際には
「殺生丸さまっ、秀介のこと殺しちゃ駄目だよっ!」
とちゃっかり一言言い残して帰って行った。
そしてりんが帰ったあと一人夕日を眺める殺生丸。
なぜこんなにもその“秀介”とか言う小僧が気に入らんのか。
少し考えればすぐに答えが出た。
近頃、やたらとりんの周りを漂う男の匂い。
その匂いこそ、りんの言う秀介なのだろう。
そやつは毎日のようにりんの元を訪れている。
そのせいかりんの匂いとそいつの匂いが混ざり合って、離れたところにいる殺生丸の元へと届くのだ。
それがどれほど不愉快だったことか。
込み上げる腹立たしさを抑える術も知らず、殺生丸は自分でも無意識のうちにバキバキっと指を鳴らしていた。
終
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