新参者
「りん、本当に大丈夫か?」
心配そうにその背中を見詰めて言う楓。
「大丈夫ですっ!楓さまはゆっくりしていて下さい!」
りんは楓に背を向けたまま、よいしょと大きな籠を背負った。
「すまんな。気を付けて行って来るのだよ。」
「楓さま、お大事になさって下さいっ!」
りんの向かいに立つさきが心配そうに言った。
さきと言うのはりんと同い年のこの村に住む少女で、りんの親友でもある。
「あぁ、有難うさき。りんを頼むよ。」
「はいっ。」
「では楓さま、行って来ますっ!」
「行って来ますっ!」
太陽が頂上に昇る頃、二人は楓の家をあとにした。
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今日は楓とかごめが集めた薬草、そしてりんとさきが作った草履を市へ売りに行くのである。
普段市へは楓と一緒に行くりんだが、近頃腰を悪くした楓に無理をさせてはいけないと、今回はさきと二人で行くことにした。
他愛もない話に花を咲かせながら暫く歩くと、あっという間に市の様子が見えてきた。
あまり大きい市ではないが、少女二人の胸を弾ませるには十分な規模だった。
「わぁ〜、賑わってるねぇ!」
もう見慣れたと言ってもいいその景色に、りんは歓声を上げる。
多くの店が立ち並び、そこで売り買いをする沢山の人々。
始めて来た時は、その人の多さゆえに嫌な記憶が蘇り恐怖さえ感じたこの場所も、今じゃ顔を覚えてもらえる程常連となったりん。
市の人々はいつもりんに優しく接してくれ、りんはそんな彼らが大好きだった。
「よしっ!じゃあさっさと用事済ませちゃおっか!」
「うんっ!」
さきの言葉に頷き、二人はさっそく市の中を歩き始める。
「まずは薬草だねっ!」
「うん!あっ、あのお店っ!」
そう言って、りんはいつも薬草を売っている店を指指した。
「御免くださ〜い!」
店の暖簾(のれん)を片手で捲り、りんがそこからひょっこりと顔を覗かせる。
「おぉ!りんじゃねぇ〜か!」
「おじさんっ!」
店の奥から出てきた中年の男。
この男がこの店の主人である。
「今日は楓さまと一緒じゃねぇのか?」
「はいっ。楓さまは腰を悪くしちゃって。今日は村の友達と来ましたっ。」
「どうもっ!さきって言います!」
さきはぺこりと頭を下げた。
「そうか。二人でお使いとは偉いなぁ!」
主人は感心したように言うと、 今日はどんなもん持って来てくれたんだぁ? とりんに手を差し出した。
「本物の巫女さまが摘んだ薬草は評判がいいんだよな〜。」
籠の中の薬草に目を凝らす主人。
「楓さまが、今回も全てお祓いしといたって言ってましたっ!」
「そうか。そりゃあ有り難いなぁ。」
主人はそう言うと、ポンっと手を打った。
「よしっ!じゃあこのくらいでいいか?」
銭の入った巾着を手渡す主人。
りんはその中身を見て思わず目を丸くした。
「こんなに!?」
「へっ!今日は特別よ。帰りに団子でも買って帰りなっ!」
「ありがとぉ〜!!」
りんはとびっきりの笑顔で礼を言うと、普段より多い銭を懐にしまいその場をあとにした。
「いいおじさんだったねぇ〜。」
「でしょ〜!」
楽しそうに話をしながら、次に向かったのは草履を売る店。
「どうですかっ?おじさんっ!」
りんは身を乗り出して主人の顔を覗き込んだ。
「んー…。」
顔を顰める主人に緊張が走る。
ーーーードキドキ…。
ーーーードキドキ…。
「これは…。」
主人はそう言って顔を上げた。
「随分いい出来じゃねぇーかぁ!いつの間に腕を上げたなぁ、りん!」
主人の言葉に、りんの顔がみるみる輝き出す。
「本当にぃっ!?」
「あぁ、これならさきのと並んでもいいぐれぇだぁ!」
「凄いじゃないっ!良かったねっ、りんっ!」
「うんっ!」
りんは嬉しそうに首を縦に振った。
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用事が一通り終わり、二人は団子を頬張りながら家路に就いた。
「今日は随分稼げちゃったねぇ〜!」
大口を開きながらさきが言う。
「本当だねぇ〜!草履も、今までで一番良い値で売れたよ!」
りんも嬉しそうに団子を頬張った。
「りんは凄いよ!覚えは早いし手先も器用だしさぁ!」
「そんなことないよ!さきにはまだまだ及ばないもん!」
「でもおじさんは、あたしのと並んでもいいぐらいだって褒めてたじゃないっ!」
「そうだけどぉ…。」
りんは照れたように頬を少し赤く染める。
始めたときは売り物にもならなかった草履も、今じゃ随分と高値で買って貰えるようになった。
それは決して市の人々の優しさなどではなく、真にりんの実力が上がってきているからだった。
りんはそのことが何よにも嬉しくて…。
人々に必要とされている。
そんな感情が、りんに大きな安心感を与えていた。
そして暫く歩き、上機嫌で市をあとにしようとしたそのときーーーー。
「やーーーいっ!貧乏息子っ!貧乏息子っ!」
店と店との間の細い路地から聞こえた人の声。
りんは思わずそちらを振り返った。
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