2つの決意
りんが人質となった一件から暫くが経ち、怪我も治りかけている宗達は本家へと帰って行った。
「秀介さま。」
宗達とその部下たちが去った家の中は、嵐が過ぎ去ったように静けさが広がっている。
そんな中、自室で書物に目を通す秀介のもとを香穂は茶を持って訪れた。
「これから、どうするおつもりですか?」
そう言ってゆっくりと茶を置いた香穂に、
「何が? 」
と秀介は書物に目をやったまま答える。
「りんさまの元へは、行かれないのですか?」
香穂のその言葉に、秀介はピタッと動きを止めると視線を書物から香穂に移動させた。
「…なにいってんだ。」
鋭く返された言葉に香穂はグッと息を飲んで口を開く。
「秀介さまは…、りんさまのもとへ行かれたいのでしょう?」
「……………。」
香穂の言葉に眉根を寄せる秀介。
「今はもう、お二人を阻んでいたご主人様はおりません。秀介さまの望むように、されたらよいのではないでしょうか?」
「お前……。」
「俺の本心をわかって、そういってんのか?」
秀介は低い声で静かに言った。
「秀介さまはりんさまが好きなのでしょう?そのくらい、見ていればわかります。」
そう言って微かに苦笑いを浮かべる香穂。
そして……
「そうだ…。」
「俺は……
りんが好きだ…。」
「……………」
「だから……
そのためだったらこの津田屋も捨てる覚悟がある。」
「……………」
「そうですか…。」
香穂は秀介の言葉に静かに答えると、ふと視線を広い庭へとやった。
その横顔はなぜか微笑んでいるように見えて…
秀介は眉間に皺を寄せ香穂を見つめる。
「お前…それがどういう意味かわかってんのか?」
「……………。」
「俺が津田屋を捨てるってことはお前らみんなっ…「わかっております。」
思わず声を大きくした秀介の言葉を、香穂は庭に視線をやったままピシャリと遮った。
「私は長い間、この津田屋に仕えて参りました。」
「ですので勿論、津田屋が無くなるのは本当に心苦しいことでございます……。しかし…」
「私は秀介さまの…………
貴方様の幸せを……
願わずにはいられないのですっ…。」
「…………………」
「香穂………。」
涙を溜めた瞳で強く言い放った香穂に、秀介は唖然となって言葉を失う。
「秀介さまはいつも寂しそうに…
それでも決して、我々にはそんな弱さを見せることはなく……。
幼い頃から津田屋の跡取りとして、常に完璧を求められ失敗は許されない……。
そんな環境がどれだけ生き苦しかったことか……
どれだけ孤独だったことか………」
そう言って顔を歪める香穂に秀介は目を細めた。
「香穂…お前………」
「しかし秀介さまは、りんさまに出会われ変わられた…。
秀介さまがりんさまを家にお連れしたあの日…
私は始めて、秀介さまの心から笑う姿を目にした気がします。」
「……………。」
「秀介さまはよく笑うようになり、
よく喋るようになり、
周りを気遣うようにもなられた……。」
溢れかけた涙を軽く拭うと、香穂は秀介に向かってにっこりと笑ってみせた。
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