天使のラブソング
【サファイア番外編】


窓から差す日の光はそれはもう綺麗なオレンジ色だった。これで雪が降っていたらどんなにきれい何だろうと一瞬考えたが、雪が降ったら厚い雲でこの夕陽が覆われてしまう。


「(やっぱり雪は要らないわ)」


それに、今日くらいは晴れていてほしい。そう思うのも、彼の誕生日だからだ。2月14日。世間ではバレンタインデーと言われ一か月も前からどこもかしこもチョコレートの香りが漂う。チョコレートは嫌いではない。私も大和もだ。しかしチョコレートケーキは甘くてくどくて好きにはなれない。これも両者一致だったので、ケーキは生クリーム。これから大和が買ってくるであろうお酒に合うように、甘さ控えめの生クリームが作れたと思う。


「(…うん、ケーキも料理も完璧だわ…)」


そう。なんせ私の手作りだ。前菜に副菜に主菜。スープもコンソメの良い香りが漂っている。いつになったら彼がこの部屋を訪れる時間になるのか、柄にもなくそわそわした。




「うーす、なまえちゃーん。」


もう見慣れてしまった玄関に声を張る。ほどなくしてパタパタとスリッパの音が聞こえる。


「おいおい、スリッパで走るなよ。転んだらどーすんの。」


「遅いわ!待たせるなんて!」


「悪かったよ。俺の誕生日で出待ちが多くてさ。遠回りして来ちまったんだ。」


「いいわけなんて要らないわよ。」

どうやらご立腹の様で、腕を組んで仁王立ちしている。しかしエプロン姿といい、キッチンに置き忘れたのであろうお玉を片手に携えて。なんだか…


「奥さんみたいだな。」


「は、はぁ?!誰のよ!!」


「勿論俺のに決まってるでしょ?それとも何?なまえちゃんは俺じゃない誰かと結婚するわけ?」


「な、だ、誰もあんたと結婚するだなんていってない!」


「あ〜〜〜流石に傷ついたよお兄さん。なまえはお兄さんとは別れて別の男に乗り換えちゃうんだ?へぇ〜〜〜」


冗談のつもりだった。きっといじられ過ぎて涙をいっぱいに溜めながら言い返すんだろうな。そう想像しながら横目でみょうじちゃんを一瞥した。瞬間、吸った空気が冷たくて、肺が凍った気がした。この顔は完全に怒っている。


「…なまえちゃん…?」


「なによそれ」


「いや、今の冗談」


「私がいつ乗り換えたって言うのよ」


「だから」


「なによ…もう知らないんだから!バカ!おっさん!!」


そう持っていたお玉とともに言い捨てて、スリッパを投げ出して部屋の奥へと消えてしまった。


「(冗談でも言ってほしくなかったのか…。)」


なんとなく気持ちを汲み取り、少し反省した。おれならどうだろう。さっきみたいなことをなまえから言われたら。……想像しただけでもう限界だった。そっか。これは俺が完全に悪い。まったく、なんて誕生日なのだろう。


リビングに入ると、食欲を刺激する香りがあたりに漂っていた。テーブルには2人分の食事。冷蔵庫の中にはこれまた見事なケーキ。本当に良い嫁さんになりそうだ、あいつは。その嫁さんどうこうで喧嘩したのだから、少し機嫌を直してもらわなくては。俺はベッドルームの前に立った。


「なまえ」


「………」


中からは微かだが、鼻をすする音が聞こえた。これは、もしかしなくても泣いている。俺が泣かせてしまった。


「悪かった。」


「………」


「俺、お前が他の男の嫁さんになるのは耐えらんねーわ。」


「………」


「お前の傍にいるのは俺だけでいい。」


だから、扉を開けてくれ。そうつぶやいた。少ししてカチャ、と控えめに、静かに鍵が回る音が聞こえた。しかし扉が開く様子もないので俺の方から扉を開けた。





今の大和から見て、私は相当滑稽に映っていることだろう。なんで彼氏の誕生日に、しかも一生懸命喜んでもらおうと楽しみにしてた日に、私は泣いてるんだろう。大和は私に近づくなり私を引き寄せた。


「………そう思うなら、あんなこと言わないで。」


「ん。ごめん。」


「せっかく時間に合わせて料理作ったのに。」


「悪かった。」


「何よさっきまでべらべら言い訳言ってたくせ」


に、と最後まで言わせてもらえなかった。私の唇に引き寄せられるように、自然に大和はキスしてみせた。みなまで言うなとも見れるこの行動。大和は母を子いしがる子供のように甘えるようなキスをした。

「…ん、ふっ」


「……はぁ。……なあ、なまえ。」


「な、なによ、」


「今からお前の時間、俺に頂戴。」


「は?」


「いいから。誕生日プレゼントってことで。」


全くもってよくない。勿論誕生日プレゼントだって用意してるし、これから料理を温め直して食事にしようと思っていたのに。


「ちょっと、料理が」


「今はなまえだけが欲しい。」


ね、お願い。と言いながらベッドに戻される。あぁ、これは拒否などできない甘い命令だ。料理がどうなっても知らないんだから。




(ねえ、どう?)
(ん、うまい。やっぱなまえ良い嫁さんになるな。)
(……あなたのね。)
(え、ちょっとごめん聞こえなかったあと3回くらい言って〜)
(う、うるさい!……誕生日おめでとう)
(…おう。)


Happy birthday大和!!

20160214
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